圧倒的不足のアレを仕込んだら台所の片付けがサクサクすすんだ話
うーーーん、何かが足りない。
台所の収納スペースを見て、私は腕を組み唸った。
今日は台所の片付けをすると決めていた。
ひょんなことから私は「片付け腰上げ組」という団体のメンバーになっていた。
団体というと大袈裟だが、開運お片付けアドバイザーというありがたい存在のもと、ネットを介して集まったメンバーが今の家をどれだけ綺麗にしていくかという事に懸けていた。
期間はおおよそ3週間、勝負は12月21日の冬至まで。
冬至までに家を片付けると、来年用意されている自分の運気を爆上げできるらしい。運気とか運勢とか聞くとホイホイついていく私みたいな尻軽女にはピッタリの企画である。
さて、何から取り組むべきか。
いまだ明確なゴールが脳裏に浮かんでいない。台所がどういう状態になったら私は満足するのだ?
台所には、新婚時代に夫がホームセンターでわざわざ木材を購入して作ってくれた棚があった。用途別の大きなゴミ箱が3つ置けて、棚の上部には電子レンジが置ける。中間の二段には食材や容器類が置けるカゴを設置してくれた。
このカゴ類も、使い勝手が良さそうなプラスチックのものを夫が100均で揃えてきた。どれもこれもシンデレラフィットだった。
収納や整理といった類が不得手な私にとって、仕事が早く合理的判断に基づいてサクサク物事をすすめていく夫はありがたい存在だった。
だからだろうか。
夫に任せるあまり、自分で部屋のインテリアについて考える機会を失い、それと同時に興味がなくなってしまった。
私は自分が住む部屋というものに対していつからか受け身になっていたことに気付いたのだ。
イメージを膨らませるために、スマホを開いて片付けや収納、断捨離、インテリアの類の記事を、画像と共に流し読みしていく。
目に留まったのは、無印良品のサイトだった。
シーン別に使えそうな収納グッズが紹介されている。
その中でも(おっ!)と心に響いたのはトタンボックスという代物だった。
丈夫で錆びにくく、除湿に優れ、匂い移りが少ない、とある。
今、溢れんばかりにカゴからはみ出している食材たちをこのちょっとクールな顔つきのトタンボックスに入れれば、さまになるんじゃない!?
思い出したぞ! このトタンボックスにナチュラルな木のぬくもりでできたカゴを合わせるんだ! その名も異素材ミックス!!
昔、読んだインテリア雑誌「カフェみたいな部屋づくり」に、出てきたんだよなぁ。
クール一択でもなく、ナチュラル一択でもない。それぞれの良さを十分に活かすコーディネート。それが、異素材ミックス!
ここまできて、やっとわかった。
私の台所に足りなかったのはトキメキだった。
昔、こんまりこと近藤麻理恵さんが出した「人生がときめく片づけの魔法」は世界的ベストセラーにもなった。私も漏れなく本を拝読し、ときめきって大切だなと感じたりもした。でも心の奥底からそれを感じ取っていたかといえば疑問だった。
トキメキは主体性を持っていなければ、本当の意味で感じることができない。
私は夫が準備したもので暮らすうち、不都合はないがその代わりにトキメキを忘れていったのだ。
気付けば話は早い。善は急げと、私は無印良品の店舗に駆け込んだ。
「たかが収納ボックス」と思っていたものに、課金するという考えが今までは及ばなかった。
でも、今の私は違う。
今日は私のトキメキに基づき、トタンボックスやぬくもりのある素材のカゴ類を抱えて帰った。収納や、片付けに必要な小物類すべて合わせて12,000円程の買い物だった。
帰宅したのは午後三時。
夕食は昨日作り置きしておいたカレーがたっぷりある。
夕飯を食べる六時までの三時間、台所にこもって作業することにした。
まずは、掃除から。
冷蔵庫の上のうっすら降り積もった雪のようなホコリを退治し、化粧崩れして脂が浮いた時の肌のような換気扇を外してゴシゴシ洗った。
最も手ごわいのは、コンロだった。
そりゃあ汚れた時には一応拭いてましたよ? 一応ね?
しかしどうだい、この有り様は。
五徳や、それを外した真下のところを見て一瞬、目を背ける。だけどやっぱり、ガビガビに固まった汚れと格闘することに決めた。
とてもじゃないが、たわしでこするくらいじゃ追いつかない。
カトラリーのボックスから、たこ焼きを作る時にひっくり返す棒を取り出した。
本来の仕事じゃなくて、すまんな。今日は私につきあってくれ。
たこ焼きのピックでガリガリ削ると、出てくる出てくる積年の汚れ。
やだ、なんか、みそ汁みたいな匂いがする~……。吹きこぼれた時に、拭き取りきれなかった汁のミイラなのだろう。ひとり苦笑いしながら黙々と掃除を続けピカピカになるまで磨き上げた。
さあここで、お待ちかね! インテリア初心者にも優しい無印良品さまの収納グッズのご登場です!! 満を持してトタンボックスと優しい風合いのカゴをお迎えした。
これまでプラスチックのボックスに雑多に詰め込まれていた食材や小物などをいったん全て取り出し不要なものをどんどん捨てていく。買ったはいいがあまり使わなかった香辛料、賞味期限切れのお菓子、ヨレヨレになったジップロックの袋……。この先も必ず使うであろう精鋭たちだけを残し、トタンボックスに丁寧に入れていく。
イッツ ソー ビューティフル!!
鈍く光る銀色の箱は、これまでのごちゃごちゃ視覚的にうるさかった私の台所を一気に格上げしてくれた。
水草を編んで作ったというナチュラルなカゴには水筒や、菜箸の予備などをグループ別に入れていった。
全てのモノが定位置に着いた所で、私は少し離れて全体像を見る。
おぉ! 素晴らしい! 異素材ミックスの超絶かっこいい台所ここにあり!!
圧倒的に不足したトキメキが一気に補充され、頬は上気し興奮が襲った。
やったー! 私のかっこいい城が出来上がったー!!
このご時世、男子厨房に入るべからずなど、これっぽっちも思ってないし、なんなら夫には色々手伝ってほしい。
でも結局ここに立つ事が多いのは私だ。
だったら、私のトキメキがより盛り上げっていくように整えていきたい。
次はリビングにどうトキメキを仕込んでいくか。私の戦いはまだまだ続く。【終わり】