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ある日森のなかで。。
イントロダクション
静かな雪が舞い降りるエンピレアム拡張区。その中で一際目を引く建物があった。木製の看板に書かれた“ある日森のなかで。。”という文字が、冒険者の目に留まった。看板の端には小さな蝶の彫刻が施されており、その繊細さに彼は一瞬見惚れる。
足を止めた彼はふと空を見上げた。降りしきる雪を眺めていると、幼い頃、母と過ごした暖かな家の記憶が蘇る。その懐かしい温もりを思い出しながら、彼は歩みを進め、建物の前に立つ。
寒さを気にする様子もなく、無造作に肩についた雪を払いながら、彼は扉の前で手を止める。そして、そっと重厚な木の扉を押し開けた。扉はゆっくりと音を立てながら開き、暖かな空気が彼を包み込む。外の冷たさとは対照的に、店内は暖炉の炎と柔らかなランプの光が空間を温め、木材の香りが心を落ち着かせた。
「いらっしゃいませ!」
小柄なララフェルの女性が、カウンターの向こうから明るく声をかけてきた。白いショートヘアに蝶のフェイスペイントが愛らしく映え、彼女の表情にはどこか親しみやすさが漂っている。ブラウンのキャスケット帽を軽く押さえながら、彼女は冒険者に向けて満面の笑みを浮かべた。
彼は小さく頷き、無言のまま室内を見渡した。壁一面に広がる本棚にはぎっしりと古書が詰まっており、その中には見慣れない装丁のものも多い。
手前の暖炉のそばには黒革のソファとラグが配置され、中央のテーブルにはレトロなオブジェやキャンドルが並べられている。どこを見ても心をくすぐる細やかな工夫が施されており、ただその場に立っているだけで時間が緩やかに流れるような感覚を覚えた。
「ここは初めてですか?」
ララフェルの店主がエプロンの裾を直しながら話しかけてきた。エプロンには月をモチーフにしたロゴがさりげなく刺繍されており、彼女の遊び心が伺えるデザインだ。
「そうだ。」
答えた声は低く、店内の柔らかな雰囲気に溶け込むようだった。
「よかったら暖炉のそばでおくつろぎください。今日は特製のホットアップルサイダーをご用意していますよ。甘さ控えめですが、体がぽかぽか温まると思います。」
彼は一瞬迷ったようだったが、やがて頷き、暖炉の近くのソファに腰を下ろした。革の感触が心地よく、炎の揺らめきが視界の端で踊っている。
店主は軽やかな足取りでカウンターに戻り、手際よくサイダーを準備し始めた。彼女の袖をロールアップした姿からは、仕事への意欲と活力が感じられた。
やがて、ホットアップルサイダーが小さなトレイに載せられて運ばれてきた。彼の前に置かれたマグカップからは、甘酸っぱい香りが立ち上り、鼻をくすぐった。
「どうぞ、ごゆっくり。」
店主は優しい声でそう言うと、再びカウンターに戻り、今度は本棚の整理を始めた。彼女の動きはどこかリズミカルで、見ているだけで心が安らぐ。
彼はゆっくりとマグカップを手に取り、一口飲んだ。その瞬間、体の芯から温まるような感覚が広がり、自然と肩の力が抜けていく。ふと周囲を見回し、ここがただの店ではなく、心の安らぎを与える特別な場所であることに気付いた。
壁に掛けられた小さな絵画や、棚に飾られたアンティーク品。どれもが店主のセンスと優しさを反映しているように思えた。
暖炉のそばでは、一人のミコッテ族の女性が膝の上に本を広げて読書をしていた。彼女は灰色の毛並みに長い尻尾を持ち、時折尾がゆらりと揺れる。
視線を送ると、彼女は顔を上げて軽く微笑み、また本に目を落とした。
その仕草は自然で、まるでここが彼女の日常の一部であるかのようだった。
一方、カウンターの端では、ミッドランダーの男性が静かに飲み物を楽しんでいた。彼はシンプルな旅人の服装をしており、腰には使い込まれた剣が下げられている。その姿からは長い旅の疲れが伺えたが、カウンター越しの店主との柔らかな会話に時折微笑みを見せていた。
「お好きな本があれば手に取ってくださいね。ここにあるものはすべて、訪れる方に楽しんでいただくためのものです。」
彼女の言葉に応えるように、彼は立ち上がり、本棚の一角に目を向けた。指先で背表紙をなぞりながら、一冊の古書を取り出した。革張りの表紙には、見慣れない文字が刻まれている。それを手に取り、再びソファに腰を下ろした。
ページをめくる音が静かな店内に響く。暖炉の炎とランプの穏やかな光、古書から漂うかすかな香り。それらが絶妙に重なり合い、この店特有の温もりと安らぎを紡ぎ出していた。
その日は特別な出来事もなく、彼はただ静かに本を読み、サイダーを飲み干した。そして、帰り際に小さく頭を下げ、また来ることを告げることもなく去っていった。
しかし、店主はその背中を見送りながら微笑んだ。
「きっと、また来てくれるわ。」
そう呟き、彼女は暖炉の火を少しだけ強めた。
店内の様子
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基本情報
「ある日森のなかで。。」
MeteorDC Shinryu エンピレアム 22-35
ひっそり深夜に営業中。。
#ある日森のなかで
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