【Miche】
イントロダクション
ラベンダーベッド拡張区の小道を、一人の冒険者が歩いていた。黒いマントが背中に揺れ、無骨なブーツが石畳を淡々と踏みしめる音が響く。
この道を進む理由は簡単だった。旧友から「落ち着いた雰囲気の店がある」と紹介され、彼の旅の疲れを癒す場所として訪れることにしたのだ。
その友人もまた冒険者であり、幾度も命を救い合った仲だった。彼の勧めなら間違いない。そう信じて、地図を頼りに足を進めていた。
周囲には丁寧に手入れされた庭園が広がり、ランタンの柔らかな光が小道を優しく照らしている。庭木の枝先には小鳥が静かに羽を休め、夜風に揺れる葉がささやかな音を奏でていた。漂う花々の香りが、冒険者の硬くなった心をそっと解きほぐす。
彼は多くの地を旅してきたが、こうした「安らぎ」を求める場所に足を運ぶのは珍しかった。普段の旅路は危険と隣り合わせだ。剣を手に命を賭けた日々から離れ、たまには心を解放したいという気持ちが、この静かな道を歩かせていた。
地図には赤い文字で「Miche」と書かれている。その文字が、今日の彼の目的地だった。小道を進む彼の心には、期待と緊張が静かに交錯していた。
木漏れ日に照らされた小さな看板には、「Cafe Miche」と手書きの文字が浮かび上がっている。風合いのある古びた木材は、どこか懐かしさと温もりを感じさせた。
「ここか……」
冒険者は短く呟くと、扉の前で数秒立ち止まる。心なしか歩みがわずかに遅くなる。慣れない土地、初めての場所。冒険者として無数の危険を乗り越えてきた彼だが、こうした日常の些細な体験には、不意に緊張が走ることもある。
しかし、深呼吸を一つ。ゆっくりと手を伸ばし、扉を押し開けた。
扉が開くと、カラン、と鈴の音が澄んだ響きを残した。暖かな空気に乗って、木とコーヒーの豊かな香りがふわりと漂う。冒険者は足を止め、その光景を目に焼き付けるように見渡した。
赤レンガのカウンターが中央に据えられ、天井からは月や星の飾りが揺れている。壁には絵画や小物が並び、どこか懐かしさを感じさせる空間だ。
特に目を引いたのは、奥に並ぶ個室エリア。それぞれ異なる装飾が施されており、個室ごとに異なる世界観が広がっている。
カウンターの奥から、小柄なアウラ族の女性が微笑みながら顔を出す。
淡い青の髪を高い位置でまとめ、白い花のアクセサリーが清楚な印象を添えている。特徴的な角が彼女の個性を強調し、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
彼女の衣装は、暖かそうなクリーム色のセーターに、白いファーが縁取られたマントを組み合わせた冬らしいスタイルだ。その柔らかさと温かさが、見る者の心をほぐしてくれるようだった。さらに、マントにはリボンと宝石の飾りが施されており、控えめながらもエレガントな印象を加えている。
「いらっしゃいませ、【Miche】へようこそ。」
その声には穏やかで落ち着いた響きがあり、彼女の知的で包容力のある人柄を滲ませていた。その穏やかな表情は、訪れる客を安心させる魅力に満ちている。
冒険者は一礼だけ返した。言葉を交わさない彼の態度に、店主は少し驚いたようだが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「どうぞ、奥の個室でおくつろぎください。何かお飲み物をお持ちしますね。」
冒険者は案内された個室の扉を開けた。中は、赤いソファを中心にしたヴィンテージ風のインテリアで統一されている。キャビネットには小さなサボテンや鳥かご風の花かごが並び、ランプの柔らかな光が部屋全体を包んでいる。
扉を閉めると、外の世界から完全に切り離されたような静寂が訪れる。
冒険者はソファに腰を下ろし、ゆっくりと背を預けた。
「……いい店だな。」
ぽつりと呟いた言葉が、自分の耳にやけに響く。手袋を外し、指先でソファの生地を確かめるように撫でる。その柔らかさが、長い旅路で固まった体を少しずつ解きほぐしていくのを感じた。
その柔らかさに、彼は旅路で忘れていた安らぎを感じた。
コンコン、と控えめなノックの音が響く。冒険者が返事をするよりも早く、扉が少しだけ開かれた。店主がトレイを持ち、軽やかな足取りで部屋に入ってくる。
「こちら、ミルク入りのホットコーヒーです。寒い日にぴったりの一杯ですよ。」
冒険者は無言のまま、そっとカップを受け取った。冷えた手を温めるようにカップを包む彼の姿に、店主の微笑みが一層穏やかさを増す。彼の様子を一瞥すると、軽く会釈して部屋を後にした。
冒険者は、手にしたカップをじっと見つめる。薄く立ち上る湯気が、カップの縁から静かに揺れる。彼は一口、ゆっくりと飲み込んだ。
「……温かい。」
その一言が、全てを物語っているようだった。ミルクの優しい甘さとコーヒーの苦味が、体の隅々まで染み渡る。緊張していた心が、少しずつほぐれていくのが分かる。
飲み干したカップをテーブルに戻し、冒険者はソファからゆっくりと立ち上がった。手袋をはめ直しながら、彼は部屋の中をもう一度見渡した。心のどこかで、再びこの場所を訪れたいという思いが芽生えていた。
個室を出ると、カウンターに立つ店主が再び微笑みかけてくる。
「またお越しくださいね。」
冒険者は深く頷くと、短く「ありがとう」とだけ言った。その声は穏やかで、言葉にしない感謝が滲んでいた。
外に出ると、ひんやりと澄んだ風が頬をかすめ、ラベンダーベッド拡張区の空気が体に染み渡る。庭のランタンが風に揺れ、小川のせせらぎが静寂の中で淡く響いている。風が庭の花々を揺らし、淡い香りが静かに漂う。それが彼の緊張をほぐし、心に穏やかな波紋を広げていくようだった。
冒険者は足を止め、星空を見上げた。その瞬間、幼い頃の記憶がよみがえる。夜空の星々を目印に、父とともに旅をした日々。迷子にならないよう星を頼りに進んだ経験は、今の彼の原点となっている。視界に広がる無数の星が、まるで彼のこれからの道を示しているかのようだった。
そして、手袋をはめ直すと、再びゆっくりと歩き出す。背中にはわずかに残る温もりと、次に向かうべき場所への期待が感じられた。
その姿は、夜の静寂に溶け、星々が見守る旅路へと消えていった。
いずれ、新たな物語が紡がれる日が来るだろう。
店内の様子
基本情報
いろんなテーマの半個室のある素朴なカフェ
【Miche】
MeteorDC Belias ラベンダーベッド 30-32
不定期営業
#FF14_Miche
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