参加型アクションリサーチ(PAR)の実践戦略:市民参加の社会学的考察
はじめに:参加型研究の現実と挑戦
こんにちは、皆さん。今日は私が最近参加した京都大学SPHショートコースでの貴重な講義内容を共有したいと思います。このセミナーでは、ロンドン・スクール・オブ・ハイジーン&トロピカル・メディスン(London School of Hygiene and Tropical Medicine)のアリシア・レネド助教授による「参加型アクションリサーチ(PAR)の実践戦略」について学びました。
参加型アクションリサーチ(Participatory Action Research: PAR)は、近年の医療研究や公衆衛生分野で重要性が高まっているアプローチです。しかし、その実践には多くの課題が伴います。レネド助教授の講義は、単なる理論の説明にとどまらず、実際の現場での経験と深い社会学的洞察に基づいた内容でした。
この記事では、4年間にわたるイギリスの国民保健サービス(NHS)における民族誌学的研究から得られた知見を基に、患者参加型研究の実態と課題、そして成功への鍵について詳しく解説します。医療専門家、研究者、そして患者支援に関わる全ての方々にとって、参加型プロジェクトを効果的に計画・実施するための貴重な視点を提供できると思います。
目次
参加型研究とは:基本的概念と現代的意義
研究背景:CLARKコンソーシアムと参加型研究の文脈
アイデンティティの葛藤:参加者としての自己理解の形成過程
参加空間の力学:形式的空間の制約と可能性
知識の階層性:専門知識と経験知の間の緊張関係
組織文化の影響:参加を促進する環境づくり
参加者の戦術:制約を乗り越えるための創造的アプローチ
効果的な参加のための実践的示唆
結論:真の協働に向けて
参考文献
1. 参加型研究とは:基本的概念と現代的意義
参加型研究(Participatory Research)は、単なる研究手法ではなく、知識生産と社会変革のための哲学でもあります。従来の研究では、研究対象となる人々は受動的な「被験者」として位置づけられてきました。しかし、参加型研究では、当事者(患者や地域住民など)を研究プロセスの積極的な協力者として巻き込み、彼らの知識、経験、視点を研究の中心に据えます。
参加型研究の基本原則
参加型研究の基本的な原則には以下のようなものがあります:
研究のすべての段階における当事者の関与:問題設定、研究デザイン、データ収集、分析、成果の普及まで
権力関係の認識と変革:専門家と当事者間の権力の不均衡に対する批判的認識
知識の共同生産:科学的知識と経験的知識の統合
実践への還元:研究成果の実践的応用と社会変革の促進
現代社会における参加型研究の意義
現代社会において参加型研究が注目される背景には、いくつかの要因があります:
市民社会の成熟:情報へのアクセスが増え、市民の権利意識が高まる中で、様々な決定プロセスへの参加要求が増加
専門家への信頼の変化:絶対的な専門家像から、専門家と市民の協働による問題解決への移行
複雑な社会問題への対応:単一の視点や専門知だけでは対応できない複雑な問題に対する多角的アプローチの必要性
資金提供機関の要請:多くの研究助成金において当事者参加が条件化される傾向
参加型研究の批判的視点
しかし、参加型研究は常に理想通りに機能するわけではありません。この領域に対する批判的視点として:
形式化・儀式化のリスク:参加が「チェックボックス」の項目となり、実質的な影響力を持たなくなる危険性
既存の権力構造の再生産:参加のプロセス自体が既存の社会的階層や排除を再生産する可能性
代表性の問題:誰が「代表」として参加するのか、その正当性はどのように確保されるのか
参加の負担:参加自体が当事者に負担やコストを強いる側面
こうした批判を踏まえた上で、レネド助教授の研究は、実際の参加プロセスの内部で何が起きているのかを詳細に分析することで、より効果的で意義ある参加のあり方を模索しています。
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