本記事は、戦争研究所(ISW)の2023年12月16日付ウクライナ情勢評価報告の一部を抜粋引用したうえで、その箇所を日本語に翻訳したものである。
ウクライナ軍ヘルソン方面作戦の意図と意味
報告書原文からの引用(英文)
日本語訳
ウクライナ軍は、困難な状況が伝えられるなか、ヘルソン州ドニプロ川東岸(左岸)での作戦を継続しているが、これは将来のウクライナ軍作戦の前提条件とヘルソン州西岸(右岸)への住民再定住の前提条件を築こうとする明白な努力の一環である。12月16日、ニューヨーク・タイムズ紙はドニプロ川東岸及びその流域で任務を遂行しているウクライナ軍人との一連のインタビューを公開した。そのインタビュー記事のなかで、あるウクライナ軍連隊指揮官は、ここ数カ月間、ウクライナ軍のドローン攻撃が東岸のロシア軍長距離砲をしっかりと抑え込んでいると語った。ウクライナ当局者が以前、語っていたのは、ヘルソン州西岸を砲兵の射程範囲に収められる場所から、ロシア軍を追い払うことを目的とした作戦の一環として、ウクライナ軍は東岸にいくつかの橋頭堡を築いたという趣旨だった。ロシア軍長距離砲の抑え込みが報道されたわけだが、その結果、ウクライナ軍はヘルソン州右岸に位置する後方地域の手前の場所で、さらに自由に行動できる可能性がある。また、このことは西岸のウクライナ側軍事目標に対してロシア軍が滑空爆弾による空襲を増加させたことの説明の一つにもなる。ロシア軍がウクライナの至る所で運用し、極めて大量に保有している152mm火砲は約25kmの射程を有しているが、ロシア軍はこの火砲を前線に近接する位置に配備していない可能性が高い。その理由はウクライナ側の対砲兵戦用火力を恐れているからである。
西岸から25km離れた場所へと火砲が後退したのとあわせて、ロシア軍長距離砲を抑え込められたのであれば、西岸の居住地域に向けられた継続的な脅威は取り除けられるであろうし、ヘルソン州西岸のロシア占領体制から逃れたウクライナ人の多くが、より安全に帰郷できるようになるだろう。それに加えて、西岸へのロシア軍の砲撃が減少したならば、ウクライナ軍はさらに自由に地上連絡線(GLOC)沿いで行動でき、非常に重要な対砲兵戦用兵器及び防空兵器をもっと多く配備でき、ドニプロ川渡河任務をより安全に実行できるようになるだろう。橋頭堡の存在は、作戦継続に必要な戦力に渡河の安全を与えるものだ。そして、ドニプロ川からさらに離れた位置にロシア軍砲兵が後退したことは、ウクライナ上級司令部がさらなる作戦の進展を決めた場合、その将来の作戦を進発するためのよりいっそう安全な拠点を確保することにつながるだろう。
ドニプロ川東岸おけるウクライナ軍作戦の目下の目的は、ロシア軍をこの地域に誘引し、そのロシア軍に大きな損害を与えることにあると、ウクライナ軍司令官が語ったことも報じられている。それに加えて、ロシア軍をこの地域に誘引するための取り組みは成功しており、それを示す動きとして、ロシア軍統帥部がザポリージャ州西部からヘルソン州東岸へと、何らかのロシア空挺軍(VDV)所属部隊を移動させたと、ウクライナ軍司令官は語っている。ロシア当局者も第7VDV師団所属部隊がヘルソン州で作戦行動中であることを認めており、ザポリージャ州西部ロボティネ付近で任務にあたっている第7VDV師団(第247・108・56の各VDV連隊)からの少数の部隊が東岸防衛に割り振られて再配置されている可能性もあるが、ISWが確認できている範囲では、上述の部隊は今でもザポリージャ州西部での防衛任務及び反撃任務に投入されている。ウクライナ軍関係者が以前報告した内容によると、10月17日から11月17日の期間に、ウクライナ軍東岸作戦によって、ロシア軍に死者1,126人と負傷者2,217人が生じたとのことだ。このことは、ウクライナ軍がこの地域のロシア軍に甚大な損失を与えている可能性があることを示唆している。だが一方で、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンも東岸でのロシア軍防衛作戦について同様の説明をしており、ウクライナ軍を誘引して消耗させることを意図した試みなのだと述べている。そして、この地区の前線で非対称的な消耗傾向がみられるのかどうかを、ISWは現時点で査定することができない。ヘルソン州東岸のロシア側防衛戦力を低下させることは、当座の作戦目標であるかもしれないが、ロシア軍をヘルソン州右岸に届く砲兵射程範囲の外へと押し出すという広範に指摘されている作戦目的を促進するものでもある可能性がある。
ニューヨーク・タイムズ紙は東岸で戦っているウクライナ軍兵士へのインタビュー記事も発表しており、そのなかで兵士たちはドニプロ川渡河任務及び東岸での拠点構築における困難な状況を語っている。このような困難さは、河岸上の限られた範囲の地点で節約した戦力で作戦を行うのに際して予期されることである。また、ウクライナ軍上級司令部がもっと安全な橋頭堡を築くことを選ぶ場合、ウクライナ軍の作戦がそのような橋頭堡の前提となる環境を整えるまで、この困難さが続いていく可能性がある。ロシア軍砲兵をドニプロ川から離れた場所へと追い出すという、表明されたウクライナ側目標は、それが完全に達成されれば、部分的ではあるが、ウクライナ軍兵士が語った困難な状況に対するある程度の対処になるだろう。