【英文記事和訳】ポクロウシク・コークス・プラント:経済的影響と軍事戦術面における考察(コンラッド・ムジカ氏)
上記のリンク先の記事は、軍事コンサルティング会社「ロチャン・コンサルティング」代表のコンラッド・ムジカ氏が2025年1月14日にSubstackに投稿したロシア・ウクライナ戦争に関するものです。
以下に続く文章は、この記事(英文)の日本語訳になります。なお、翻訳文中の[ ]内の記述は、訳者による補足的記述になります。また、画像は元記事のものを転載して使用しています。
日本語訳
先頃、ドネツィク州にあるポクロウシク[Pokrovsk]・コークス炭鉱の操業が止まったが、これはウクライナの鉱業と経済にとって、極めて重要な分岐点になっている。コークスは鉄鋼生産に不可欠なものであるが、そのコークスの国内採掘源として唯一の存在であるポクロウシク炭鉱は、国内需要の90%分のコークスを供給していた。同炭鉱の閉鎖はロシア軍の前進の結果であり、この事態は、ウクライナの鉱業部門、輸出、経済上の安定性に関して、即座に影響が及ぶ問題であり、長期的な問題でもある。
ウクライナ経済にとってのポクロウシクの重要性
ポクロウシクで採掘されるコークス用石炭によって、2023年には350万トンのコークスを生産することができ、それは2024年の760万トンの鉄鋼生産を支える結果になった。ウクライナの輸出にとって鉄鋼は、依然として農業に次いで2番目の規模を示しており、2024年の収益は44億米ドルに相当する。ウクライナの鉄鋼輸出の72%がEU諸国向けで、輸出商品として戦略的に重要であることをはっきりと示している。ポクロウシクを失うことは、このような輸出を困難にし、ウクライナの外貨獲得能力を損なうことになる。この外貨獲得能力は、戦時下において、軍事作戦と社会政策の遂行を持続させる点で、必要不可欠なものだ。
想定されうる鉄鋼生産の減少は憂慮すべきものだ。工業予測は、炭鉱閉鎖前において、2025年に1000万トンの鉄鋼生産を予測していたがが、閉鎖によって、それが200~300万トンにまで減少する可能性を示唆している。この数値は50%の生産減少を示しているのみでなく、マリウポリの一大鉄鋼生産施設の破壊と戦争の影響で続く物流面での問題によってすでに起こっている、深刻なレベルでの産業の縮小も示している。
経済的な衝撃
ポクロウシク炭鉱の閉鎖は甚大な損失を生み、サプライ・チェーンの問題も生む。ウクライナは今後、コークス用石炭を輸入せざるを得なくなるが、輸入品の価格は国内産と比べて3割高い。2024年にウクライナは、主にポーランドから、40万トン超のコークスを輸入していた。しかし、ポクロウシクからの産出分を埋め合わせる目的で、輸入量を増加させることは、物流網に負荷を加えることになる。港湾が輸入よりも輸出向きに設計されていることに加え、運航ルートに軍事的なリスクが存在することが、この問題をさらに難しくしている。輸入への依存は鉄鋼生産コストの上昇も招くことになり、ウクライナ産鉄鋼の国際市場における競争力を低下させることにつながる。
この問題の影響は経済面を越えて広がっていく。ロシアのポクロウシク進撃が浮き彫りにしているのは、ウクライナの経済的ライフラインを目標にした意図的な戦略である。鉄鋼生産を妨害することで、モスクワはウクライナの財政的能力を弱体化させるのみでなく、戦時の抵抗力を持続させるのに必要なウクライナ側の能力も抑え込んでいる。鉄鋼生産の減少は、最大で150億フリヴニャ(3億6000万米ドル相当)分、歳入を減らす恐れを招いており、国や地方行政機関の財政をさらに負担をかけることになる。
長期的な検討
ポクロウシク炭鉱の閉鎖がまざまざと示しているのは、ウクライナが重要産業の生産を、単一の箇所に依存しているということだ。このようにリスクが集中する状況は、軍事的・経済的混乱に対して脆弱な分野がそのままになっていることを意味する。ウクライナの戦後再建戦略においては、資源の分散化を国内外で進めていくことに、高い優先度が与えられねばならない。
ポクロウシクの喪失はさらに、この戦争の経済的損失がより大きなものであることも浮き彫りにしている。ウクライナの鉄鋼生産は2021年の2100万トンから、2022年の630万トンにまで落ち込んだ。このことは、インフラと生産能力が破壊されたことの反映である。今後の鉄鋼部門の再建には、かなりの規模の投資とサプライ・チェーン問題の革新的な解決、世界市場に今後もアクセスできることが必要となる。
軍事戦術面での考察
ロシア軍が接近しているため、ウクライナ軍が炭鉱の主坑道を破壊したという真偽不明の報告がすでにあらわれている。実際、ウダチネ[Udachne]とコトリネ[Kotlyne]にロシア軍が展開しているという趣旨のSNS投稿が出てきているが、これらの主張はまだ裏付けのとれたものではない。
この地区の全般的情勢は、ここしばらくの間、ひどくなっている。12月末にロシア軍はソロネ[Solone]を占領し、さらに北進するための経路を切り開いた。ロシア軍がすでにウダチネとコトリネに、苦戦しつつも到達してしまっているのか、それとも接近する途上にいるのかというのは、大きな疑問点となっている。ソロネは海抜121メートルの位置にある一方で、ウダチネは海抜169メートル、コトリネは海抜192メートルに位置している。要するに地形の高低差はかなり大きいのだ。防衛するウクライナ軍と攻撃するロシア軍の間の距離を考えると、なおさらそれがいえる。もしウクライナ軍が地形をうまく利用することができれば、同軍はロシア軍の前進をかなり遅くさせることができる。反対に、ロシア軍が(Deep Stateの地図に示されているように)すでにコトリネ周辺に展開している場合、ロシア軍の前進ペースは変わっていない可能性がある。
コトリネを防衛しているのは、あの第155自動車化旅団の隷下部隊である。この旅団はフランスで訓練されたのち、2024年末に戦闘投入された部隊であるが、不適切な指揮、練度の低さ、脱走率の高さ、甚大な損失といった問題に直面し続けている部隊だ。この旅団は現在、戦力が充足しておらず、士気も低く、その戦闘能力はかなり大きく低下している可能性がある。
しかも、この地域に野戦防御陣地が構築されているようにみえない。ポクロウシクから西の方向で陣地が確認できるが、ソロネとウダチネ/コトリネの間の地域では、ほとんど確認できない。
ロシア軍がこのような弱点をつく場合、同軍が着実にさらなる前進を行い、もっと北方の地点で展開拠点を固めることができる可能性がある。コークス・プラントがすでに閉鎖されていることを考えると、ウクライナ軍が今後、この地域の防衛のために追加戦力を投入する可能性は低い。
ウダチネが占領された場合、ロシア軍はドネツィク州[とドニプロペトロウシク州]の州境から3kmほどの地点に展開する状況になる。
結論
ポクロウシク炭鉱の操業停止は、単にある一つの炭鉱が閉鎖されたことを意味するだけではない。これはウクライナの経済面での安定性と経済的抵抗力に関する大きな困難を意味している。ウクライナ政府がこの損失を乗り切っていくなかで、ウクライナは輸入という短期的な解決策と、産業基盤の分散化と再建という長期戦略との間で、バランスをとっていく必要がある。ポクロウシクに訪れた運命はまた、現代戦における経済的側面をまざまざと思い起こさせている。現代戦において、重要インフラを攻撃目標にすることは、国力と国家がもつ潜在的な回復力に対して、連鎖的な影響を招くことになりうるのだ。
追記:以下リンクはロチャン・コンサルティングの戦況地図。日々の前線の変動を示すともに、両軍の戦闘序列も示している。
追記2:努力してはいるが、部隊の展開位置と前線の位置は大まかなものであり、正確なものとしてとらえるべきではない。
追記3:陣地は、@Playfra0 制作のものによる。
追記4:地図はGIS Supportの助けを借りて制作した。こうありたいと考える地図に近づけるために、私たちは少しずつ進歩している。