『闇金ウシジマくん』で知る生活保護の裏表
ここ数ヶ月、生活保護の受給問題がニュースとなっています。生活保護の制度や運用に、いろいろな問題があることは以前から知られていましたが、諸問題が絡んで大きく取り上げられることは少なかったように思います。
お勧めしたいのが、小学館「ビッグコミックスピリッツ」で連載されてた『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)です。
“トゴ”と呼ばれる10日で5割の利息を取る闇金“カウカウファイナンス”を経営する丑嶋馨(うしじま かおる)が主人公で、訪れる様々な借り手を中心に物語が進んでいきます。例えば、見栄の張り合いから借金のかさんだOLが登場する「若い女くん」編、家族揃って借金に巻き込まれる「フリーターくん」編、ホスト出身で丑嶋の部下である高田が深く関わる「ホストくん」編などがあります。
「生活保護くん」では、漫画では定職に就けない男性、佐古彰(さこ あきら)が登場します。
佐古はお腹を下しやすい体質もあって職探しもままならず、生活費に困窮し最後の手段として役所に生活保護を申請しようとします。ですが、申請ははすんなり受領されません。福祉窓口の職員がなんのかんのと言って、申請を受理しようとしないのです。
本来の制度としては、どんな状況であれ申請を受けて、その後に審査することになっています。つまり、申請者が「申請する」「申請書を提出」した時点で行政はそれを受理しなければいけません。それを妨げること俗に水際作戦とも言われます。要はケースワーカーの持ち分が増えることを嫌って門前払いをすることが近年多数起きています。最近でも原発被害の申請や、年金記録の訂正申し立てが同様のニュースになりました。
それでは佐古はどうしたかと言えば、ネットで知ったNPO団体に頼って申請を行い、あっさり受理されます。同じ制度であっても、運営をするのが“人”であることをまざまざと見せ付けられる場面です。窓口の係員は、佐古とNPOの2人を見てイヤーな顔をしているのですが、面倒ごとに発展するのを嫌い受理します。現実でも「弁護士を連れて行ったら申請できた」「共産党系の関係者を同伴させて申請した」などと聞きます。強いものには弱く、弱いものには強いのは無理からぬことでしょうけど、行政の体質を露わにする面白い場面です。少なくとも、弁護士同伴のところで断ろうものなら、行政法に違反しますからそれくらいは公務員も承知しているでしょう。
そして佐古への生活保護の受給が始まるのですが、この前段階において家族や親族との関係、収入の調査、健康状況などが調べられることになっています(いわゆる扶養者照会書類です)。数千万円を稼ぐ芸人の子供が居たり、毎月40万円のローンを負担できる子供から贈られたマンションに住んでいれば、受給は難しいと思うのですが、調査に強制県はなく、書類に扶養不可とチェックを入れ返送するだけです。別に恥ずかしくもありません。佐古の場合は体調不良は事実ですし、同伴したNPO法人の睨みのようなものもあったのかもしれません。現実世界ではNPO法人のもやいなんかもその手の生活困窮者への支援を行っています。
生活保護を受けられた佐古が、自立に向かって努力するのかと言えば、以前にも増して怠惰な生活に浸っていきます。もちろん佐古本人の甘え体質もあるものの、生活保護のシステムにも問題があるとも言えます。状況によって異なりますが、生活保護を受給すると成人男性であれば10万円前後が毎月支給されます(内訳は自治体ごとの家賃手当4、5万円・生活手当4、5、万円)。その他に光熱費、医療費などが補助され、年金や保険料なども概ね免除されます。※実際にいくら貰えるのか概算シミュレーターのサイトもありますので試しに入力してみるのも一興です。https://seikatsu-hogo.net/
しかし、生活保護中に働くなどして収入があった場合、支給額が相殺され、減額されます。また収入が支給額を超えると、当然支給はゼロとなり、それまであった補助や免除も一遍にのしかかってきます。つまり『少しぐらい働いて稼ぐよりは、このままの方が良いや』と楽な方に考えてしまう構造になっているのです。これが生活保護を“受給天国”とも“抜け出せない地獄”とも呼ぶ所以です。
生活の不安がなくなった佐古は時間を持て余し、自宅のパソコンでネットサーフィンなどに精を出します。
「生活保護でパソコンを持ってて良いの?」
そう思った方は、生活保護の制度に詳しい方でしょう。生活保護を受給するには余分な資産があってはいけません。貯金は言うに及ばず、有価証券や不動産や高価な資産(自動車)も処分を求められます。
「それらを使い切った後で生活保護を受けてください」と。
ただこれらも時代の情勢下で変化しています。以前はエアコンは禁止されていましたが、猛暑が続いた際に熱中症で入院・死亡した人が増えたことから、家電類の所有が大幅に認められるようになってきました(他に電子レンジやIHヒーター、冷蔵庫、電気湯沸かし器、20インチクラスのテレビ、安価な携帯電話、ベッド、寝具など。自家用車も、身体障害者が移動に必要な場合、もしくはバスなどがほとんどない僻地の場合は事情を考慮されます。パソコンやネット環境は地域によって対応がことなるようです。
「職探しや病院探しなどの情報取得に必要」とすることもあれば、「生活に必要不可欠とは考えられない」との見方もあります。
「おいおい、役所は何をやってるんだよ」
役所も仕事はしています。そこで登場するのがケースワーカーです。付け加えておきますが、“ケースワーカー”は通称で、職業や職掌や職責を現すものではありません。福祉事務所で生活保護を担当する人(現業員)を呼ぶことが多いのですが、児童相談所や民間団体の職員などもケースワーカーと呼ぶことがあります。佐古の所にもケースワーカーの男性が何度も訪れ、なんとか自立を促そうとするのですが、佐古は働く意欲を見せません。ケースワーカーはあくまでも働きかけをする立場で、同作品のケースワーカーも頑張ってる方でしょう。ただ人手不足と権限不足がありそうです。ちなみにケースワーカーも毎月訪問するほど暇ではなく、よくて2ヶ月に一回くらいのペースです。
社会福祉法では、目処として生活保護を受給する80世帯に1人(町村部では65世帯に1人)のケースワーカーを置くことになっています。しかし財政難に伴う人員増が困難なことや生活保護受給者の急増で、ケースワーカーの増員が追いついていません。直近のデータでは、受給者は約210万人、世帯数は約150万世帯となっています。すると単純計算で約1万9千人のケースワーカーが必要になってきます。多少ずれがありますが、平成21年度のケースワーカーの充足率は全国で94.2%(都市部で84.6%)となっています。ただ一律マイナスになっているわけではなく、充足率が150%を超える自治体もあれば、70%を割り込む自治体もあります。充足率が低い自治体では、受給者の自立復帰も少なく、新たな受給者の増加も多くなり、更に充足率が落ち込む悪循環となっていることも分かっています。同作品では佐古を訪れたケースワーカーが、同僚の女性に悩みを打ち明けるシーンがあります。そこで女性が希望を口にするのは、暗い雰囲気が漂うことの多い同作品でも、いくらか光明が差す場面になっています。
別の漫画「文化的で最低限の生活」の中で、ケースワーカーの担当案件世帯は標準の80件以上の100件以上を担当しているのが常態化していると描かれています。そうするとやはり案件数をできるだけ引き受けたくない気持ちも出てくるのでしょうが、それは感情論なので福祉法の上では関係ありません。少なくとも国の憲法で人々が最低限の生活を保障、セーフティネットとして機能させているのが生活保護という制度なのですから、それをきちんと運用するのも行政の役割です。また、公務員に採用された若年層の職員は割合、福祉部門に初めのうちに配属されるケースが多いことを耳にします。これは体力的な面や行政の中でもガチャ要素であまり不人気の部署であることの現れなのかもしれません。
その後の佐古は、生活保護仲間とのオフ会から詐欺行為に走るなどして借金をすることになり、カウカウファイナンスの出番や、お馴染みの暴力沙汰に発展します。「生活保護くん」編のラストは、心を入れ替えた佐古がなんとか立ち直り、自立へと進む様子が描かれます。同作品では暗い結末を迎えることも多いですが、意外な結末です。でもたまにはこんなラストも良いのかもしれません。もっともこの先どうなるかは分かりません。「先が見えない不安定」なのは、日本の経済状態を見れば、安定していると言われた大手製造メーカーのサラリーマンでさえここぞとばかりに希望退職を実施したり、不透明感は強まってます。「生活保護くん」編を読みたい方は、発売中のコミックス24巻、25巻をぜひご覧ください。もちろん1巻から23巻までもお勧めです。
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