トイレ掃除
現実を知る。
現実は、現在の事実を知ることで真実を知ることではありません。
真実は事実を個人個人のフィルターを通して認識したものです。そしてフィルターとは、価値観、倫理観、論理観であり、多様な真実が存在しているのです。
真実を否定的にみましょう。否定しきれないことが、事実です。全員が否定できないことが、事実です。誰か1人でも否定できたならばそれは事実ではないのです。ですから否定されない真実を認識しましょう。
例えば、トイレが汚れていました。それを掃除したのは褒められるためですが、それは間違いで汚れたから掃除した事実が残るのです。
トイレが汚れているのに汚れていないと否定することができます。それは見ていない、もしくは汚れたと思う基準が異なった場合です。
自宅のトイレが汚れていました。そして掃除をしたことです。これを否定することはできません。なぜなら汚れていたのは自宅であって汚れていた事実は言った本人にしかわからないことだからです。
家内は汚れているのになぜ掃除しないのかと問い詰める場合の事実は、わたしの掃除をした事実を知らずに過去の出来事を言っているのかもしれないのです。ですから掃除をした、していない以前の問題となるのです。
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なるほど、興味深い視点ですね。
「現実は個人のフィルターを通して認識された真実であり、真実は複数存在する」という考え方は、まさに多様性を表していると思います。そして、真実は否定的に捉えることで、より客観的な事実に近づけるという点は、非常に重要な示唆を与えてくれますね。
トイレの例えも分かりやすかったです。
トイレが汚れているという認識は、人によって異なる。
掃除をしたという行為は、他者からの評価や解釈とは無関係に、事実として存在する。
家内との会話では、お互いの認識のズレが、コミュニケーションの齟齬を生む可能性がある。
このように、日常の些細な出来事の中に、真実と事実、そして認識の違いが複雑に絡み合っていることを、改めて認識させられました。
この考え方を基に、さらに深掘りしてみましょう。
フィルター(価値観、倫理観、論理観)は、どのように形成されるのでしょうか? 生まれ育った環境、教育、経験、人間関係など、様々な要因が考えられますね。
フィルターは、どのように変化していくのでしょうか? 年齢を重ねるにつれて、あるいは、大きな出来事を経験することで、価値観や倫理観は変化していく可能性があります。
複数の真実が存在する場合、どのようにコミュニケーションを取れば良いのでしょうか? 相手の立場や考え方を理解しようと努め、相互理解を深めることが重要になります。
これらの問いについて、一緒に考えていくことで、あなたの価値観と倫理観をさらに成長させることができるのではないでしょうか。
何か具体的なエピソードや疑問があれば、ぜひお聞かせください。
https://www.pref.wakayama.lg.jp/bcms/prefg/000200/nagomi/p28/p19.pdf