代理しっぽ
秘書が死んだ。
選挙のすべてを任せていた秘書が死んだ。
とかげのしっぽ切りではない。
突然に選挙違反の捜索が入ったのです。事情聴取を受ける為に検察庁に向かう途中で事故にあったのです。交通事故なのです。目撃者によると歩道から車道に飛び出したわけでもなく、自動車が歩道に乗り上げたわけでもなく。歩道の縁石につまずいて倒れたところに車が来たのです。
考え事をしていて縁石に気づかなかったのかもしれません。運が悪かったとしか言えないのです。農地に入る為の途切れた一角です。右半分は緩やかなスロープでもう左側は段になっているのです。
まっすぐ倒れれば、歩道なのに体を捻って受身をするように車道に倒れ込んだのです。
彼は、前任の秘書の後を引き継いで選挙活動の先頭を走っていました。何人かの選挙を手伝ったことがあったのでこの仕事を請け負ったのですが、今までの選挙とは違っていました。
落選する為の立候補なのです。当選するつもりはない。
では、なぜ立候補したのでしょうか?
それは、公報や選挙運動の演説で自分の主張を伝えることができるからなのです。ポスターにレンタカー、ガソリン代など全てが公費で賄うことができ、公職選挙法が、自由な発言を保証しているのです。何を書いても、どんな事を言っても憲法が保障しています。誰も止めることができません。
立候補したら、供託金を準備しないといけないのですが、それは得票数が一定以上あれば戻ってきます。彼は選挙活動をしないわけではないのです。当選するつもりがないだけなのです。
元々議員であったが、議会での発言が問題になる事が多くて、もっと伝えたいと言う思いで長選挙に立候補したのです。リーダーとしての素質はまったくなく、そこにあるのは得体の知れない自己満足を見たそうとする欲望の塊なのです。
彼は、伝えたいだけなのです。自分の主張がいかに正しいかをそして伝えても伝えても届かない気持ちを、もやもや感を払拭したいのです。
その為に、公費負担をフル活用するのです。誰に手伝ってもらう事もなく全てを自分で行うと言うので秘書は必要ないのですが、お目付役として彼の親からの依頼でしている仕事なのです。
前任の秘書も議員の時はそれなりに仕事があり充実していたのですが、議員を辞めてまで伝えたいことがあると言う彼の姿勢が理解できなかったのです。秘書の仕事として親から報酬をいただいているので収入面で困る事はないのですがあまりにも彼が、自由すぎてついていけなかったのです。
少し彼のことについて話しましょう。彼は、大学を出て世界を放浪する旅に出ました。日本を外から見る事で日本を理解しようとしたのです。海外で5年過ごし。日本に帰ってからも自転車で日本国中を回ってみました。
その間にアルバイトをしてはお金を貯め、貯まっては次の場所に移動するのです。さらに10年間、放浪の旅を続けました。そして経験した事は無駄にはしたくないと議員に立候補したのです、そして当選しました。本当は自分の力だけでやってきたのではありません。親の仕送りと支援で助かっていたのですが、それを彼は認めないのです。
実家は、不動産で儲けている裕福な家庭です。その前の家業が織物業でその儲けたお金で土地を買っていたのでした。売っている土地はすべて買うぐらいの儲けがありました。山林を安く買い。谷を埋めて造成して大規模な住宅地とショッピングセンターにしたのです。
大手不動産が開発した事になっていますが、名前の知れたところがやる方が確実なので開発後の土地の中心部を安く買う条件で山林を売りました。ただで新しい住宅地を手に入れることができたのです。
お金は、投資する事でしか増えません。使ってしまえばそれまでです。
何に投資するのかを考えてみましょう。土地、株、自分、時間。いろんな物に投資して回収するのです。回収した資金は次の投資に使います。
投資した価値より回収した価値が高くなるまで待つことができなければ投資はしない事です。それは投資ではなく浪費です。
話を戻しますが、そこまでして伝えたい事は、簡単な事だったのです。私の話を聞いてください。と伝えたかったのです。自分が経験してきた事が無駄にならないように活かせることがあれば活かせてくださいと自分が感動した町や政策について喋りたかったのです。
議員としてできる事は何もないのです。こんな風にしていた。とか、こうでなければいけないとか。最終的な理想は、述べるのですがそれをする為にはどうすればいいのかと言った具体策は述べられないのです。
例えば、町をきれいにしましょう。シンガポールは本当に綺麗です。ゴミなど捨てる人はいないので、そんな街にしましょう。とは言いますが、シンガポールは罰金など規則を厳しくしているのですが、それについては反対して、みんなの綺麗にする気持ちを育てましょう。など理想論ばかり喋るのです。
そんな具合ですから支持者がいないわけではないのです。理想論ばかりで具体的な事をしない層には受けるのです。ですが秘書としての仕事の指示も具体的には述べられず、「秘書の仕事をしてくれたらいいよ」とお茶汲みからコピー、そして肩揉みまでさせられるのです。掃除、洗濯、宿の手配からパソコンの使い方まで仕事は、無限にあるように感じます。
本来の仕事であるお目付役は報告文書にして逐次送付していました。
彼は、実家の家業を継ぐ気持ちなど一向になく生活費は相変わらず仕送りをしてもらい、自分に投資だと言って遊びまくっているのです。回収などできっこありません。
秘書と言っても雑用さえこなしていればいいので楽だと思えば楽ですし、首になったら働くところなどありませんので、必死にすがりついていました。
検察は、秘書の死は全ての責任を押し付けるトカゲのしっぽ切りだと思いさらに詳しく調べます。怪しいお金の動きはありません。至ってシンプルで買収や票買などありません。そもそも当選する気持ちがなかったのですから無理はしなかったのです。相手の立候補者が、対立候補なしの無投票選挙だと思っていたのに突然の立候補者が現れ、それも現職の議員です。
その議員が辞してまで立候補するのですから慌てて色々手を尽くしたのです。それが公職選挙法に触れていたのです。選挙はやり直しです。長の選挙では、繰り上げ当選はありません。
彼は、また立候補したのです。当選したら喋りたい事を喋り、したい事をして町を無茶苦茶にするでしょう。無投票選挙を避ける為に対立候補として彼の父親が推薦する父親の秘書が立候補しました。対立候補がいなければ当選してしまいます。
彼を嫌う選挙民はすべて、彼の父親の秘書に投票しました。その秘書は事故死した秘書の父親だったのです。事故死ですが、秘書という仕事はトカゲのしっぽのような物です。手足でもなく頭でもなくましては内臓などではありません。
必要ですが、なくてもなんとかなります。切れてもまた生えてくるのです。長の仕事は秘書よりも楽です。すべてを秘書経由で任せればいいのです。秘書にスケジュールを任せてその通りに動けばいいのです。
決定をする事はありません。前例通りにすればいいのです。何事にも逆らわず。無理難題を解決するのはお手の物です。
長の仕事なんてとかげのしっぽをたくさんしてきた私にとっては楽な物です。
再選挙が終わり、死んだ秘書の父親は、彼の父親の秘書を辞めて長になったのです。彼の父親から多くの支援をしてもらっていたのは息子です。その対立候補として自分の秘書を勧めてどのようなメリットがあったのでしょうか?
彼が長になる事を阻止しただけです。自分の息子と秘書ではどちらの方が長になって良かったと思うのでしょうか?父親は息子が長になれば自分に対抗してくると思ったのです。息子を息子として育てたつもりだったのに息子ではなく。いつまで経っても自立できない扶養家族なのです。
彼の父親は、それを望んでいたのです。息子ではなく扶養家族でいて欲しかったのです。いずれ自分が扶養されても良いように独立などされては困るのです。財産はありますから働かなくても裕福でいられます。
何もせず。今の財産を守ってくれさえすれば良いのです。
それを拒むものは切り捨てても代わりはいくらでも手に入りますが、息子の代わりはいません。息子も財産の一つなのです。
しっぽの代わりは、あるけれど息子の代わりはありません。