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桜のさ

岡山大空襲で母は爆弾に座って休んでいました。

もちろん爆弾とは知らなかったのです。

あたり一面焼け野原です。女学校の学徒動員で通信を学んでいる最中でした。

通信機はモールス信号機でトンツーと呼ばれていました。

和文通話表をご存知でしょうか?「あ」:朝日の“あ”、「い」:いろはの“い”、「う」:上野の“う”のように一文字一文字を間違えないように伝えるための工夫です。

それを覚えるために暗唱していたのです。

家族の安否を心配しながらも、幼い気持ちはお国のためにとそれを繰り返し繰り返し口ずさんでいたのです。

その頃、祖父も家族を探して焼け野原を彷徨っていたのです。

焼けこげた遺体に母の面影があると抱き抱えて嘆き悲しんでいるところに母は遭遇しました。「お父ちゃん」と声をかけるとそれに気づいた祖父は、何事もなかったようにその遺体を投げ捨てて、母に駆け寄ってきたそうです。

「さ」:桜の“さ”

つづく。

#パンダ大好きポッさん