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読書感想文でお金を稼いだことを誉めてくれたおばあちゃん

小学校の頃、同級生たちの夏休みの宿題の読書感想文を代筆してお金を稼いだことがあった。お小遣いが欲しすぎたのだ。

もちろんそんな悪事は許されることではなく、最後には先生に見つかり、私は成敗された。反省もしている。

しかし、この世にたった一人だけ、その行いを誉めてくれた人がいた。おばあちゃんだ。

私の母の母である、おばあちゃん。九州から愛知へ逃げてきて建築会社を始めたおじいちゃんと結婚した。
昭和初期の九州男児の土建屋、と聞いて思い浮かべるイメージそのままの、亭主関白で少々乱暴なおじいちゃんの陰に隠れ、ひたすら家族に尽くす人生を送り、最後は病気で死んでいったおばあちゃん。

おばあちゃんは、小さくて白くていつも優しかった。

たけのこのアクの抜き方、綺麗に服のシミをとる方法、美味しい土手煮の作り方、浴衣の縫い方、様々な植物の育て方。私はおばあちゃんに、たくさんのことを教わった。

でもおばあちゃんが個人的に好きなモノやコトについては、聞いたことがない。美空ひばりが好きで、家でたまにテープを流していた気がするけれど、それ以外におばあちゃん自身のことは何も知らない。

おばあちゃんは、私が本を読んでいると
「おばあちゃんは頭が悪いで、本なんてとても読めやせん。ナミはすごいねー。えらいねー。賢い子だねー」
といつも誉めてくれていた。

家の事情で、我が家にはお正月もお盆もクリスマスもなかったし、お小遣いもなかったけれど、おばあちゃんだけは毎年こっそり私と弟に「お年玉」をくれていた。
父方の親戚とも疎遠だったので、世の中で私たちにお金をくれるのは、おばあちゃんただ一人だった。私たちはそれを1年かけて大事に使っていた。

そして、本も買ってくれた。
小学校の図書館で借りる本が全てだった私が自分だけの本を手にいれることができたのは、おばあちゃんが時々連れて行ってくれる古本屋さんで「どれでも1冊買ってええよ」と言ってくれる時だけだった。
浅ましくも、それを目当てにおばあちゃんに会いに行くこともあった。

「本なんていくらあってもええ。漫画でも図鑑でも、どんな本でもええ。たくさん読んで賢い子になるんだよ。おばあちゃんのへそくりからやから、あんまり買ってあげれんでごめんね。」
そう言って、一冊買ってくれた。

おばあちゃんの家から少し歩いたところにあるその古本屋さんへ、2人でお散歩する時間が、その頃の私の一番幸福な時間だった。

おばあちゃんは、私が何をしても、何もしなくても
「えらい、えらい。すごい、すごい。」
と誉めてくれた。
そんなふうに、生きているだけで全肯定してくれた人は世の中で一人だけだった。

読書感想文でお金を稼いだときも「ナミは本当にすごい! こんな小さいのにそんなに賢いなんて、おばあちゃん嬉しいわあ! ナミはえらいなあー、将来はきっと作家さんになるんやないやろか! すごいなあー。でもお母さんや先生には、ごめんなさいてゆうとき。」
と誉めてくれた。
他の大人にはめちゃくちゃに怒られたけれど、おばあちゃんだけは誉めてくれた。

おばあちゃんは死ぬまでずっと私を誉め続けてくれた。

中学3年生の冬に、それまで目指していた公立の進学校受験をけって、突然に英語専門の私立高校に進路を変更したときも、その高校を中退して、美容師になろうとしたときも、ずっとずっと誉めてくれた。

どう考えても逃げただけの選択だったのに「すごいねえ。英語が喋れるなんて本当に賢いねえ」「えらいねえ。美容師みたいに手に職をつけられるのは、本当にいいことだよ」と、どんなことをしても味方でいてくれた。

そして、自分でお金を稼げるようになってもずっと本を買ってくれた。
おばあちゃんは自分が病気になっても、病室のベッドで「これで本を買いなさい」と1000円が折りたたまれて入っているポチ袋をくれた。
行くたびに引き出しにしまってあるので、いつも用意してくれていたのだと思う。

「おばあちゃん、私もう自分で買えるよ」
と言っても
「いいから。おばあちゃんはナミが本を読んでるのが嬉しいんだよ」
と、断固として渡してきた。

入院が長引き、私が代わりに高額医療費の手続きをすると、おばあちゃんは私の母に
「ナミは本当に賢いね。あんなに賢い子を産んでくれてありがとね。本当にありがとう」
と、涙を流して感謝していた。

書類1枚書いただけなのに、そんなことでそんなふうに感謝しないでよ。もっともっと恩返ししなきゃ。

そう思っているうちに、死んでしまった。


おばあちゃん。本当は、生きているうちに見せたかったけれど、夏に、私の本ができるよ。
ろくでもない自分の生き方や、情けない泣き言がたくさん書いてあるけど、おばあちゃんが認めてくれた私そのままの本だよ。
おばあちゃんのおかげでここまで調子にのって生きてこられたし、本当に作家になれたよ。

おばあちゃん、今度も誉めてくれるといいな。

おしまい

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