どうにかして長男の彼女を見たい
中1の長男に彼女ができた。
…は? 彼女? 昨日まで「ぼくがママと結婚する! すぐパパと離婚して!」と言ってくれていたのに……。
そんなものは子どもの戯言だとわかっている。しかし、まさかこんなに早いとは思っていなかった。
最近、学校へ行くのにやたら早く家を出るなあと思っていたけれど、どうやら、ものすごく遠回りになるのにわざわざ彼女の家まで行ってから一緒に登校しているらしい。
母親の私に彼女の存在を隠すこともなく、なんなら「今日デートだから髪やって」とか「香水貸して」とか言ってくる。
ちくしょう! あのかわいかった長男が私以外の女のために着飾るなんて!
だが、そんなことを言うと長男に嫌われるしカッコ悪いので「友達みたいに気さくで理解ある若いママ」として、ちゃんとファッションチェックなどしてやる。
ああ、長男の彼女とやら。一体どんな子なんだろう。
常にジメジメドロドロしているド陰キャの私から生まれてきたとは到底思えないほど、長男は明るくて気さくで、どこでも誰とでもすぐに仲良くなる。小さな頃から男女ともにたくさんの友達がいて、家には男子も女子もいろんな子が遊びにくる。
手足がスラリと長く、腰まである長い髪をポニーテールにしている大人しいあの子か?それとも長男と同じくらい明るく気さくで元気な、ボブのあの子か?
もしくは全然知らない子?
「ねえ彼女ってどんな子?かわいい?うちに来たことある?」
「あるかも。この子」
長男は平然とスマホを見せてきた。…なんと、長男は彼女と撮ったプリクラを携帯の裏に貼っていた。
携帯の裏にプリクラ!平成時代の私たちと一緒だ!
長男は今、そのあたりを生きているのか…!自分の人生とも重なっているようでなんだか嬉しい。
どれどれ。高鳴る胸の鼓動を抑え、スマホを見た。
……? これは、何?
宇宙人?
2つの目が顔の半分以上を占めるほど巨大化した宇宙人のような二人が、お互いの手でハートを作って写っていた。一人は髪が短く、長男が普段着ている服を着ており、もう一人は髪が肩くらいまで長く、女の子っぽい背格好だ。
これは笑うやつなのだろうか?この仕上がりで正解なのだろうか?恋人のプリクラをスマホに貼っていつも顔を眺めていたいという気持ちがこれで満たされるのだろうか?…わからない。
そして彼女の顔もまるでわからない。
私が中学生の頃のプリクラは多少は盛れるものの、ある程度本人の面影が残るシロモノだった。懐かしくて自分の昔のプリクラを引っ張り出してみたところ、私はほぼ全てのプリクラで、画角の外側を向き、白目で上を向き、口を開けて写っていた。当時、このポーズのどこを面白いと思っていたのか自分でも全く思い出せない。つらい。
しばらく経つと、今度は長男のLINEのアイコンが彼女との2ショット写真に変わった。
なんてこった!LINEのアイコンを恋人との2ショットにするなんて、いろいろな面で不利でしかないのに!やめときなさいと教えた方がいいだろうか。
しかし、これで彼女の顔が見られる。そう思ってアイコンをグーーンと拡大してマジマジと見てみた。
ほほう…。パーカーのフードを深々とかぶっている。口元しか見えない。
なんなんだこれは。プリクラにしろアイコンにしろ、彼女の顔を見たいのか見たくないのか、見せたいのか見せたくないのかどっちなんだ。
これだけ隠されるとどんどん見たくなってくる。
本来なら「人は見た目じゃない。大事なのは中身で、顔はどうでもいい」と説くべき立場なのに「なんでもいいから、とにかく顔を見せろ」と詰め寄りたい気分だ。デートを尾行したいくらいだ。しかしそんなことをしたら長男に一生、口を聞いてもらえない。
ああー、見たい!どうにかして彼女を見られないものか?
*
そんな中、絶好のチャンスが訪れた。中学校の授業参観だ。長男と彼女はクラスメイトであるという。
やった!ついに、加工なし、フィルターなしで彼女を見ることができる!
彼女からしても、彼氏の母を見る初めての機会となるわけで、これはしっかりとおめかしをしないといけない。
だが、たかが息子の授業参観でバチバチにキメるのもダサいので「そんなに気合を入れてないよ?ほぼ普段着ですが?でもあちこちからセンスと品格が滲み出ちゃって隠しきれていないね!」を目指す。
さあ、どこだ?長男の彼女!
かかってこいや!
この学校の授業参観は、教室の後ろから生徒の後頭部と黒板を眺めるのではなく、廊下から顔面を眺められるスタイルだ。
しめしめ。顔が見やすくてちょうどいい。
すぐに長男を見つける。しかし長男はどうでもいい。目的は彼女だ。
それらしい人物を端から順番に探す。あの子か?髪型はあんな雰囲気だったかも?いや、わからない。校則で肩にかかる長さは縛らないとならず、長い子は大体一つで結んでいる。プリクラはセミロングにおろしていた。
待て待て、みんな同じに見える。プリクラなんて宇宙人だし。……わからない。どこにいるの、彼女!
長男をじっと見てみるも、教科書と黒板の方しか見ていない。おい、真面目に授業を受けてる場合かよ! 彼女を見てニヤニヤくらいせんかい!
ダメだ。全然わからない。こうなったら、授業が終わりしだい長男に直接聞こう。
ああ、なんて長い授業なんだ。早く終われ!
こういう時の5分は、30分に感じる。
やっと終わった!チャイムがなり、起立、礼、着席の号令。
先生の「保護者の皆さま、本日は寒い中……」のどうでもいい挨拶の中、すぐに長男の元に駆けつけた。
「長男! 彼女、どの子? 紹介して!」
もう母親の威厳とか品格とかどうでもいい。こんなにおめかしだってしてきたんだ! 絶対に今日、彼女に一言挨拶がしたい!
「言うと思った。でもさ、彼女、めっちゃ陽キャだから。ママは会わない方がいいよ。じゃ、気をつけて帰ってね」
そう言うと、長男はさっさと友達の元に行ってしまった。
唖然とした顔のまま取り残される母に、彼はもう見向きもしない。
そ、そんな……
長男……
私が陽キャに並々ならぬコンプレックスと苦手意識と嫉妬と憧れを抱えていることを知ってて……
私が長男と彼女に対して面倒臭いヤキモチをやく未来を見据えて……
あんた、いつの間にそんな大人になったんだ……
わかったよ。あんたが正解だ。
教室を退場し、帰ることにした。家から持参したペラペラなスリッパがたてる音が、パタパタと虚しく廊下に響いていた。
*
2024年冬。
あんなに小さくて泣き虫で可愛かった長男は、今や私の身長を超え、13歳で174センチ。髭も生え、声変わりもして、もうすっかり青年だ。
今年のクリスマスは、家族とではなく、彼女と過ごすらしい。
それなのにサンタさんへのプレゼントはちゃんとねだるんだね!ははは…!
メリークリスマス!!涙
おしまい
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このnoteは、「マエデAdvent Calender 2024」への参加作品として書かせていただきました。明日はとうとう前田さんのnoteです。
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