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HIYORI BROT 塚本久美さんに憧れてパン職人になった私 その三

塚本さんを知ってから、彼女のことが気になって気になってしょうがなかった。

ちょうど放送の後、彼女の本が出版されたということでその本を購入して読んだ。
パン職人になるまでの過程はとても興味深く、私をより引きつけた。

リクルートという誰もが知っている大企業に勤めていながら、パン職人というリスクの高い道を選んだ彼女。
そのような経歴から元々塚本さんは優秀な人であるだろうし、そんな人に対して思うのはおこがましい話だと思うのだが、私と考えや思っている事が似ている部分があった。

それは、「パン職人になりたい」なんて、社会人になるまで考えたこともなかったということ、物心ついた時から「ものづくり」に強い関心を抱いていたということ、そして、何かに夢中になって行動している人への憧れと共感を強く抱いていたということだ。

幼い頃からパンが心底大好きという訳でもなく、実はご飯の方が好きだったりするなど、パン職人になる要素がほとんどなかったという塚本さん。しかし、パン職人になりたいという友人と一緒にパン屋を巡っていくうちに、パン作りに興味を示すようになったのだそうだ。
それは、まるで私そのものの気持ちを代弁してくれているかの様で、不思議な気持ちになった。
何かものづくりを仕事にしたいという気持ちを心のどこかで強く抱いていたのだが、何を作りたいか分からずに過ごしてきた中で、たまたま縁があったのがパン。それでいいのだと安心した。

元々食に対して興味があり、同時に生物や化学が好きだった私は、食品を科学的な視点から作る仕事、研究者に憧れて農学系の大学に入学した。研究室では乳酸菌や酵母を扱って、当時、より将来やりたいと思っていることに限りなく近い研究をしていたので、楽しく充実していた記憶がある(もちろん大変なことはたくさんあったが)。しかし、そういった研究職に就けるのは一握りの人たちであったし、そのためにも大学院まで進学する必要があるという現実と直面した私はその夢を諦めた。その一握りの中に入れるような論理的思考力が私にはない、と学部生の時に気付いてしまったのだ。そうして諦めてしまったが、一縷の望みをかけて入社したのが、パンの会社だった。

その会社では、大学時代に学んできたことを生かせる「品質管理」の仕事を目標に入社した。
しかし、直ぐに希望通りにその仕事に就けるのではなく、何年か製造の現場を必ず経験しなければならない、しかも、本人の希望通りではなくその人の適切や会社の都合で配属が決定するという現実にもまた直面しなければならならず、入社した途端ほとんど希望を失っていた。そして想像以上に製造現場の仕事がつらく、大変だった。「この仕事を一体いつまで頑張ったら品質管理の仕事ができるんだろうか、仮に品質管理の仕事に就けたとして、私はそれで納得できるのだろうか、一生の仕事として本当にやりたい事なのだろうか」と、くる日もくる日も考えていた。

しかし、毎日毎日同じパンを作っているにも関わらず、不思議なことにパンのことは嫌いにならなかった。むしろどんどんパンが好きになっていた。幼い頃からパンよりご飯派で、パンに対してほとんど関心のない私にとって初めての感覚だった。
これは入社の際や入社後に、研修でパンのことについて深く知る機会、学ぶ機会があったからというのも大きい。元々、食品微生物を使って食べ物を作るということに大きな関心を持っていた私だが、酵母という食品微生物を使うパン作りもいかに奥深いものなのか、改めて知らされた。また、科学的視点だけではなく、単純に手を使ってパンを作るという「パンづくり」そのものの過程もとても面白く、一つのパンを作る度に、もっといろんなパンを作ってみたいという興味がどんどん湧いてきていた。いつしか休日にパン屋を巡ることが趣味と化し、少しずつ素人ながらに家でパンを焼いたりもした。
そうしていくうちに、昔から美術や図工など、自分の頭の中や考えを何か具体的な「形」にするのが好きだったことも思い出し、本当はもっとクリエイティブな仕事、ものづくりの仕事がしたいのではないかと強く思うようになってきた。
そして、パン職人という道も一つの候補として私の目の前に現れたのだった。



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