愛情≒パン・デピス~Pandepis d'amour~『第28話:パン・デピスのおわり編』(28/29)
シュガー・スプリンクル・デイから数週間。
ウチたちは新年度を迎えて、2年生に進級したの。
結局、あのあとウチたちが再会できたのは、こがれちゃんとちづちゃんだけだった。すごく寂しかった。すっかりヒトが少なくなった教室は、先生の声ばかりがよく通るようになってた。先生は、きっとウチたちを励まそうと頑張ってくれているんだろうけど──なかなかうまくいかないや。
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──ヤマイくんとしょこらちゃん。
きっとふたりはひとつになって、地球に向かったんだともえるくんは言ってた。しょこらちゃんは、ヤマイくんのためならなんでもできるって、よく言ってた。ヤマイくんはしょこらちゃんのその望みを受け取って、ひとつになったのかな? 想像に過ぎないけれど……。
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──サクリちゃん。
こがれちゃんと正々堂々戦って、そうして自由になったんだって。ウチともえるくんはこがれちゃんに案内されて、サクリちゃんの眠るお墓にお参りに行ったの。ラズベリーが実った木の下で、彼女が穏やかに過ごしているといいな。
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──キルシュくんにトルテちゃん。
シュガー・スプリンクル・デイの翌日、粉砂糖の下から遺体になって発見された。信じられなかった。でもこれも、キルシュくんがひどい実験を受けていたことときっと関係があるんだって。実験について、詳しくはもえるくんもこがれちゃんも知らされてないみたい。ふたりの葬儀に招かれたときに見た遺影に写ったふたりは、ブラックチョコレート一色で染まった不純物のない色をしてて、すごく幸せそうな笑顔をしてた。どうか、安らかにと願うばかりだったの。
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──呪くん。
彼が途方もないことを考えていたのは、後から知ったの。ちづちゃんにもえるくんはその真実を伝えたそうだけど、それからちづちゃんとは会えなくなっちゃった。深く傷ついて、怒りのやり場がなくなって。ちづちゃんは、きっと今でも苦しんでる。ウチができることなんて、きっとないんだろうなって思ったら悲しくて、また泣いちゃいそうになるの。
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「これ、今日のプリントです。ちづちゃんに」
今日もウチはちづちゃんのお家に通ってる。あれからね、ウチは、信じられないかもしれないけど、学級委員長になったの。自分から立候補したんだ。あのときキルシュくんがウチたちのために行動して、祈ってくれたみたいに。ウチもみんなのために行動して、祈りたかったの。
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「てぃー、最近頑張りすぎじゃない? 無理しちゃだめだよ……ちづさんのことは、ぼくが……」
ちづちゃんのお家に寄ったら、もえるくんとこがれちゃんのお家に行く。すっかり日課になってた。ふたりのおかあさんはふたりを自由にして、保護者さん役の部下のヒトも解任したんだって。新しく何も知らないケーキの保護者さんをつける予定だったみたいだけど、それはこがれちゃんが断ったみたい。私たち姉弟は、ふたりで生きていける、って。かっこいいなあ。
「真白ちづのことは、彼女の家族が寄り添って、時間が薬になる。あなたたちふたりが必要以上に責任を感じる必要はない」
「うん、わかってる。無理なんてしてないよ」
ふたりはウチをよく気にかけてくれる。ずっと誰かの背中に隠れてばかりいたウチが突然あれこれ動くものだから、心配になっちゃうのかな?
でもね。ウチに残された時間は、ふたりの持っているそれよりうんと短いの。それを知ったら、いてもたってもいられなかったんだ。
もえるくんも──言うまでもなくこがれちゃんも──ウチの迎えるさいごを見届けてくれる覚悟があるから大丈夫って言うけれど、それまでにできる限りのことはしておきたいの。
「ね、お茶淹れたいな! アールグレイティー、持ってきたの。キッチン借りてもいいかな?」
「いいえ、客ジンはあなた。だから私たちが淹れる。そこで待っていて」
「ええーっ! ウチ、結構お茶淹れるの得意なんだよ?」
「ふふっ。ぼくだって、あれから練習してるんだよ。待っててよ、てぃー。成果を見てほしいんだ」
何気ない会話。たった3ニンだけの。ここにみんながいたら、どれだけよかっただろう。でも、そんなこと言ったら、みんなが迎えた結末を無碍にしちゃうから、蓋をして、心の奥に仕舞い込んだ。
******
翌朝の教室。
いちばんに登校したウチは、軽く教室の掃除をして、もえるくんとこがれちゃんがやってくるまでの間に、ひと息ついてた。ふと、窓の外を見たの。
そこには粉砂糖に混じって、チェリーコポーショコラの花びらが舞ってた。
(あ……)
「おはよう」
ふたりの声が聞こえる。振り返った。その後ろに。
*
──いつか再び巡り合うことを夢見たみんなの笑顔が、一瞬だけ見えた気がしたの。
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