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殺してやる
八つ裂きにしてやる
お前をこま切れに刻んで食らってやる
お前に名前をつけてやる
名前がない、そのせいで実態がないお前に
名前をつけて、その名前の入った名札を首に引っかけ
そしてそのまま、首を切り落としてやる
休日に必ず買い出しに行く、お気に入りのスーパーがある。
裏に住宅街が控える場所にこぢんまりと建ってるその店は、お昼時以外は人もまばら。近所のおばさん方が陳列棚の中で世間話してたり、レジ奥の休憩スペースには地域の防災情報なんかが掲載されたコミニケボードがあって、そこの横にあるテーブルに小学生が座ってカードゲームやってたりする。
人の生活の息吹が垣間見えるその感じが、僕はとっても好き。
その様を眺めながらお昼のお惣菜や夕飯の食材を買うのが自分にとってはかなり精神安定剤になってる。
今日もさっきまで、そうやってお昼のおかずを物色しながら、夕飯の冷凍餃子を買ったりしてた。
焼きビーフンに酢豚に鶏皮揚げ。お昼は何がいいかな~って考えてるうちに。
突然に、不意をついて。
それは俺の頭の中にヌルりと浮かび上がってきて
「お前の人生、今ここでめちゃくちゃにしてやれ」
なんて俺に思わせてくる。
「店員に見えるように万引きしたら、一体どうなるんだろう」
「卵が置かれたキャスターラックを、今ここでひっくり返してみたい」
「手に持ってるエビチリをレジにいる店員に投げつけたら、多分警察呼ばれるな」
興味本位でやったが最後、俺は間違いなく社会的に死んじゃう。
でも俺の頭の中に救う虫は、時折思い出したように這い出してきては俺に「自殺しようぜ」ってそそのかしてくる。
その瞬間、僕は頭が真っ白になる。その場で棒立ちになり動けなくなる。
焦点がブレ、視界が歪む。
エビチリを持つ手に力が入らなくなる。
5秒ほどそうして立ちすくみ、そしてハッとしてエビチリをカゴにいれる。
レジでお会計を済ませ、商品をエコバッグに詰める間も、頭の中では自分自身への拭いきれない不信感で一杯。
なんであんなことを考えたのか、自分だけでなく自分の家族友人にすら害を及ぼすようなことを、なんでしたいと思ってしまったのか
。
車に戻り、後部座席に荷物を置き、運転席に乗り込んでドアを閉める。
エンジンを掛けずに、しばらく思考の赴くままにしておく。
そうすると、いつもはひた隠しにしてる感情が自然と顔を出してくる。
11月のこの時期、僕は決まって律儀に落ち込む。
年によって理由は細かく違うのだけれど、それでも無気力と倦怠感に飲み込まれ、何かやりたいという欲求がなくなっちゃう。
「季節柄、仕方ないよねぇ」なんて周りは僕を励ますけど、納得できない。
みんなはやれ食欲の秋だからと美味しいものを食べ、行楽の季節だからと旅行に行き、人生楽しそうじゃないか。
なのになんで僕だけ毎年きちんと落ち込むなきゃいけないのか。
飲み会に誘われ、渋々出かけて見りゃ仕事の愚痴を垂れ流し、誰かの陰口を叩いて。そうして酒がすすんでより饒舌になって。
それでいて、そういうやつらに限って人生楽しそうなのが無性に腹立たしい。
でも怒るのも違う気がして、しょうがなしに「ヘヘッw」なんて愛想笑いして場を取り繕う。ほんとはこんなことに割く余力なんか残ってないのに。
誰かと心の足並みを合わせるふりを続けることでよりすり減る。
それが11月の紅葉シーズン真っただ中のいつもの僕。
山並みの赤と黄色の綺麗なグラデーションを、綺麗だと思えない僕。
書いてるうちに腹が立ってきた。
みんな悩みなさそうでいいよな。
「いや、みんな悩みあるけど表に出さないようにしてるだけだよ」って言ってくるやつなんかに、人の悩みの本質なんか分かるもんかよ。
見て見ろ、酒飲んだらみんな忘れられるんだぞ、悩みなんて。
あぁ、腹が立つ。
そうやって怒りが募ってくると、あの虫が現れては元気に俺の脳みその皺と皺の間を走り回る。
何もかも無茶苦茶にしたい、人生終わりにしたい。
秋の柔らかな日差しを浴びて、俺の中の破壊衝動はすくすくと育つ。
というか、そもそもどうしてみんなあんなに悩みがないんだろう。
運転席で怒りを抱えながら、それでも考えた。
気付いたら小銭を作るために自販機で買った『梅よろし』を飲み干してしまっていた。
そうか。
みんな、無条件に今の生活が未来永劫続くって信じれてるからなんだ。
将来、自分が病院のベッドで老衰で死ぬ、それを家族が看取ってくれるというゴールそれ自体を疑ったことがないからなんだ。
人の一生なんて突然明日終わるってことを想像したことがないから、あんなに幸せそうにしていられるんだな。
日々の生活に満足はしてなくても、悩むほどのことではなく、都度都度脳内に溜まった余剰データのような愚痴を外に排出するだけで安心感を得られる。
そうして『希望に満ちた人生』を歩んでいられる。
なんだよ『希望に満ちた人生』なんて。
『希望』なんてあるわけないだろ。
『希望があるっていう夢』を一生見続けてるだけだろ。
そうやっていくら邁進してる人でも、ある日唐突に車道に飛び出してきた人を自家用車で撥ねて、殺人犯になったりする。
満員電車で誰かに「痴漢だ!!」って疑われて、犯罪者にされる。
いつ終わるかなんか分からないのに、よく悩まずに生きてられるな。
羨ましいとは思うけど、俺もそうなりたいなんて絶対に思わないな。
そう、『希望』だ。
『希望』なんて言葉、虫唾が走る。
実態もないくせにその言葉で人を誑かす。
未来永劫バラ色だって人を錯覚させる。
その人が突然人生を奪われても、何も責任も取らない。
『希望』、諸悪の根源だ。
お前なんか、死んでしまえばいい。
いい夢だけ見させて、責任も取らないで。
絶対に殺してやる。
お前の名前はハッキリした。
『希望』って言葉を、俺は絶対に許さない。
『希望』なんて、もってやるもんか。
この世に『希望』なんてないんだ。
ないものに縋るなんて、意味ないんだ。
意味ないことに俺らを追い立てる『希望』って概念を俺は絶対に許さない。
絶対に殺してやる。
でも、一つだけ、良かったことがあるんだけど。
俺はこれから先も、『希望』っていう言葉への怒りを言葉にして、いくらでも文章が書けるということ。
これがあれば、僕はまだまだ人生楽しくすごせそうだなってことね。
てか、それを人は「将来への希望」って言うんじゃないのか?
だめだ、気づいたら手のひらの上で踊らされてる気がした。
やめやめ、酒飲んでふて寝じゃ。