ハワイで大惨事、山火事リスク予測は適切だったのか?
"Jill and I send our deepest condolences to the families of those who lost loved ones in the wildfires in Maui, and our prayers are with those who have seen their homes, businesses, and communities destroyed."
山火事で親族を失った人たちに向けたバイデン大統領によるお悔みの言葉
2023年8月8日(現地時間)に始まったハワイ州マウイ島の火事は死者90人超という大惨事となってしまいました。被害を大きくした要因として可能性があるのは高温+低湿度+強風という悪条件がそろっていた、サイレンが機能せず避難が遅れたなどのようです。
被害はどこで起こったのか?
このような大災害の場合、島の「どこ」が燃えている(燃えた)のかを正確にかつ迅速に把握することが消火・救護活動に重要なことは言うまでもありません。2020年7月に熊本県で起こった豪雨による河川氾濫・土砂災害の際には、発災数日後に、浸水地域を地図上で表示できるデータが発表されました(衛星写真、航空写真、SNS投稿などの情報を総合したもの)。ハザードマップと重ね合わせてみると、同マップで危険地域とされていたところと実際の被害地域はほぼ完全に一致していました。
では今回のハワイ山火事で、燃えたのはどこだったのでしょうか?NASAの
The Fire Information for Resource Management System (FIRMS) は、地球規模で火災を監視するため、衛星が収集するデータをほぼリアルタイムで提供するシステムです。火災と赤いホットスポットのデータを SHP, KML, TXT, WMSのフォーマットでダウンロードできます。
The product shows "active fire detections and thermal anomalies, such as volcanoes, and gas flares. The fire layer is useful for studying the spatial and temporal distribution of fire, to locate persistent hot spots such as volcanoes and gas flares, and to locate the source of air pollution from smoke that may have adverse human health impacts." (NASA FIRMS)
冒頭に置いた画像は8月9日時点のFIRMSの画像です。マウイ島内の数カ所で広範囲に「燃えている」ことがわかります。赤は thermal anomalies (温度の異常)を示し、この場合は、赤いところでは大規模な火災が起こっていたと考えられます。
特に人的被害が大きかったLahaina地区です。日本とも共通するところがあるかもしれませんが(火山が多いなど)、マウイ島の内陸部は山が多いように見えます。マウイ島の西北に伸びている半島(?)の西岸にあるLahainaはかつてハワイ王国の首都があったところ。島の中では人口が多いところで、すべて焼き尽くされて変わり果てた町の様子が報道されています。
こちらは島中央に近い、Pulehu(Kulaの南)です。マウイ全体のFIRMS図(冒頭)を見ると、この地域と西側の海岸との間で広範囲に燃えていますが、このほとんどは山で、住んでいる人は少なかったように見えます。一方、この町は火災発生前の衛星写真などを見ると道路・住宅があり、ここでも人的被害が大きかったと考えられます。なお、FIRMSのマップには距離・面積の計測などWebGISの機能が整備されており、Pulehu付近で高温が観測されたエリアは東西4キロ、南北3キロにわたっています。
ハワイ州政府による危険エリア評価と被害地域を比べると
日本では洪水、高潮、津波、土砂災害のリスクがある地域を地図で示し、住民自らの防災・減災に役立ててもらおうというハザードマップが普及していています。では、火事のリスクを評価する火事ハザードマップはあるのか?そして、ハワイ州マウイ島の場合、高リスクとされた場所と実際の被害地域はどの程度一致していたのでしょうか?
調べたら、ハワイ州にはGeoportalがありました(日本でも多くの自治体が地理データに特化したオープンデータ・ポータルを展開しています)。
ここで提供されている Fire Risk Areas は、2007年時点のもので、ハワイ州内の島にある人口が多い地域の山火事リスクを評価したものです。
Ratings of risk from wild-land fires for major populated areas on the Hawaiian Islands as of 2007. Source: Department of Land and Natural Resources, Division of Forestry and Wildlife, Fire Management Program, 2007.
ハワイ州政府が提供している火事リスクマップ(火事ハザードマップとも言える)と、FIRMS画像を比べてみました。マウイ島は山が多く、山にはほとんど人が住んでいない(火事リスク評価がない)ことが確認できます。島の東は火事リスクが低く、中央から西で高い傾向があることもわかります。ここではFIRMS画像で、大きく燃えている地域4カ所に番号を付けてみました。1は前述のLahainaなどで、ほぼ全体で「山火事リスクが高い」とされています。2は広範囲で燃えていますが、前述の通り、住んでいる人は比較的少ないと思われます。3の地域も、火災前の衛星写真を見ると、山が多いようですが(人口密度は低そう)、リスクマップではリスクが「低い」となっています。前述のPulehu付近が含まれる4のリスク評価は「中程度」または「低い」となっていました。
なぜ低・中リスクの地域でもこれだけ燃えたのか。島の北岸、西岸などで高リスクなのに被害を免れたところは、なぜ助かったのか。今回の惨事がどのように起こったかを検証するにあたっては、この火事リスク評価が適切だったかどうかも検討してほしいですね。
オープン・データで山火事危険エリアを予測
多くの衛星(など)が地球のデータを24時間収集する地球観測(Earth observations)。誰でも自由に使えるものも多くあり、こうしたデータを最大限に使って、より精度が高く正確な山火事リスクを予想しようとしている人たちが…もちろんいますとも!
ギリシャの中でも特に火事リスクが高い島 Chios というところで、過去の観測データと実際の火事を用いて地域ごとの火事リスクを予想したのが、Adaktylouほか(2020) です。使用したデータは "Landsat 5, Landsat-7 ETM+ and Landsat-8 OLI satellite sensors, the Shuttle Radar Topography Mission (SRTM) Digital Elevation Model (DEM), the Corine Land Cover (CLC) 2012 (v.18.5.1) and the OpenStreetMap (OSM)". 過去のデータで予測した火災発生地点と実際に火災が起こったところを比べたところ、good agreement が見られたと報告しています。
こうした分析をもとに、30メートル四方メッシュで作成したChios島の火災リスクマップはこちらです。
地球観測の新時代
洪水や火災の地域別リスクを正確に予測できたとして、それを防災・減災に活かせるかどうかはまた別、ということは確かにあると思います。鬼怒川が決壊した時のことを、栃木県職員の方は「ハザードマップは洪水の範囲を正確に示していた。洪水が来るかもしれないとわかっていても、(高齢・歩行困難などで)避難できない人が多かったのが課題」とおっしゃっていました。
それはそれとして、衛星くんたちがせっせと集めてくれているデータを活用しないのはもったいない。リスク予測と評価が命を守るために少しでも役に立つなら、使えるものは全部使うのが正解なんじゃないかな。