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『母なる証明』ネタバレ解説:実は〇〇の話だった!監督インタビューによる再解釈

「トジュンはどこまで知っているんだろう」
「オープニングのダンスの意味は何だろう」

『母なる証明』を見て衝撃を受け、監督がどう考えて撮影したのか知りたくて韓国語のインタビューを調べていたら...、思いもしなかった演出意図を知ることになりました。

実は『パラサイト 半地下の家族』がカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞し、多くのニュースで祝福されていた頃、韓国では一部ポン・ジュノ監督について論議が起きていました。
(※論議については後述)

ちょうどカンヌで監督の話題が多かったのもあり、過剰反応したネチズンが過去の監督インタビュー記事も引っ張り出して問題が拡大、幸か不幸か、その騒動のおかげ?で私は何年も前の貴重なインタビュー記事を目にすることに。

それらの記事は現在、残念ながら削除されてしまっていますが、そのうちの一つ、韓国の映画専門マガジンで監督が『母なる証明』の公開2年後に行ったインタビューは、他では見たことがない衝撃的な内容でした。

まさに目から鱗(ウロコ)。

日本ではあまり知られていないこの騒動に加え、この内容も書くべきか迷ったんですが、芸術表現としてそんなふうに考えて撮影していたのか!と、とても興味深い内容だったので書くことにしました。

また、監督が解説をしてくれてる動画見たさに、10年以上も経った『母なる証明』のカフェ(韓国のオンラインコミュニティ)の会員になったのは私ぐらいでしょう笑

おそらく今まであった『母なる証明』の解説、レビューとはちょっと内容が違うと思うので、監督や映画について深く知りたい方、本質的なことや芸術表現に理解のある方のみ見ていただければ幸いです。

【追記】今までブログにて公開していましたが、性的な表現があること、あまり公になっていない内容が多いため、加筆修正して有料記事にさせていただきました。


★まだ映画を見ていない方はネタバレなしの記事をどうぞ


※論議について
発端はカンヌで受賞する少し前、『母なる証明』の白黒版の上映会があり、その後に開催された主演のキム・ヘジャさんとポン・ジュノ監督のトークライブでの内容でした。

キム・ヘジャさんが話した内容、寝ているシーンで息子のトジュンに急に胸を触られてびっくりしたという話が、監督が事前に合意をとらなかった"ME TOO"じゃないかと問題になりました。

その後キム・ヘジャさん曰く、本人がおもしろくしようとして話した内容で(実際にそう前振りしてました)、監督からの事前の説明はあったとして、監督やウォンビンさんに申し訳ない、"ME TOO"だなんてとんでもないと説明があり、監督側からも一連の事情説明がありました。

ヘジャさんはこの騒動で救急室に2回も行ったそうです。監督は自分が子供の頃から活躍しているキム・ヘジャさんを「先生」と呼ぶほどなので、雰囲気もいい公の前で発言を訂正することはしなかったようです。


■『母なる証明』の根幹となる脈絡2つ

1:母親、母性は果たして美しいだけなのかという問い

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この映画の主人公の母親には役名がついておらず、他の人からも単に「母」と呼ばれています。

この母親は韓国式母親の極端な例ではあるものの、監督は役名をつけずに母そのものを描こうとしたのがわかります。

ちなみに原題は마더(マザー)。

単純で本質的なものを掘り下げる作品を撮ってみたかった。母親というテーマはすべての源となる原始的なものだが、最も身近な存在である母親の極限の姿を映画的にとらえてみたいと思いました

ポン・ジュノが遂げた“深化”の必然性

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