線の恋病 2話
店を出た僕は最寄りのマクドナルドでチキンナゲットを1ピース買った。こんな僕でも少しはクリスマスの空気を味わいたいのであろう。1人、鴨川沿いの石畳に腰掛けナゲットを頬張る。口に広がる仄かな温かみは直ぐに石畳へと溶け落ちてゆく。温まった筈の体がすっかり冷え込んでしまった。恋人と歩く事に夢中な人々は、誰も石畳の冷たさに等気づきもしないであろう。僕だけが知る冷たさである。
鴨川が荒々しく流れていく。まるで厚手に塗りたくった町の化粧を洗い流すかのようにざあざあと流れていく。そんな川のせせらぎに耳をすませる僕を恋人達は路傍の石ころかの様に一瞥もなく通り過ぎてゆく。僕は路傍の石ころとして通り過ぎてゆく恋人達を見上げ眺める。石ころとして恋人達を見上げる方が先程までより幾分か気が楽であった。まだ石ころとしてでも町に溶け込めているだけ孤独感が薄らいでゆく思いになるからである。いつもならこんな惨めな事等決してしないのだが、クリスマスの高揚感が僕の平常心を麻痺させる。
すると、1組の男女が僕の目に留まった。この寒さに反して、えらく薄手のジャケットを羽織った20代頃の女と30前後に見えるのに堂々とした金髪を靡かせる男である。そんな男女の会話が耳に入ってきた。
「正直、美久のいいねが500くらいあったから躊躇してたんだ」
余り、耳慣れない言葉を男が口にする。
「あー、でも殆んど既読して無いかな。いいねき過ぎてめんどくさくなってきてたし笑」
「よくその中で俺を選んでくれたな」
「え、だってめちゃ写真タイプやったし、雄也しか勝たんやったな笑笑」
「出た勝たん笑。あー、でもまじで美久と付き合えてよかった」
そう染み染みと言い合いながら、男女は肌を擦り合わせ町の明かりの中へと消えていった。
孤独な僕には憎らしい男女であった。どうやら、お互いの付き合った時の事を思い出していたのであろう。変な好奇心を働かせて聞かなければよかった。しかし、そうは思いつつも、所々で耳を引く言葉があった。
「いいね、写真?」
出会いの話の中では、頭にイメージ出来ない言葉が会話に飛び交っていたのだ。
僕は気になって、ポケットにしまっていたスマホを取り出した。
検索欄に
(いいね 付き合う 写真)
と打ち込み検索する。
すると、検索欄の上からずらりと出会い系アプリの広告が出てきた。なるほどアプリの話であったのか。しかし、様々な横文字が羅列しているが、どれも聞いたことのない言葉である。いや、もしかしたら聞いた事があったのかもしれないが今まで一度も気に留めたことが無かっただけなのかもしれない。
僕はこのスマホの画面を閉じる事が出来なかった。今までは出会い系と聞いただけで眉を顰めていた僕である。しかし、今の僕にはなにかサンタクロースからの人生最後のプレゼントなのではと思えた。
こんなクリスマス真っ只中に出会い系アプリをさぐる僕はきっと、世間の基準からしたら負け組なのであろう。しかし、このアプリの中にはそんな僕と同じような状況の女が今もアプリを続けているのかもしれない。そう思うと、僕は今日、初めて孤独感を忘れることができた。町の中には決して無かった僕の居場所が小さな電子端末の中に見つかる気がしたからだ。
僕はスマホを指でなぞり、検索欄1番上の広告に指を重ねる。スマホの画面はそれを待っていたかのように早々とApple Storeに移動した。塩気の効いた指をインストールボタンに恐る恐る近づけた。インストール完了の端末音が、ドクンとなる。僕の鼓動もドクンとなる。
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