映画アンデスふたりぼっちを、観て、アンデスを、旅したきよっちゃんの感想。

映画アンデスふたりぼっちを、観て、そのアイマラ世界を、ちょっとだけ覗いてきた旅人のきよっちゃんの感想。

きよっちゃんはー、1997年、98年と南米ペルー、ボリビア、チリへ、ビンボー世界旅を、してきて、マチュピチュへの、インカトレイル、ゲバラの終焉の地イゲラ村訪問とか、どちらかとゆうと、ペルーより、ボリビアのほうが、当時のボリビア国営航空会社の周遊券こうて、飛行機で、あちこち、廻った、とゆうか、広大な国土なので、アメリカ大陸は、北も南も、バスでは、しんどいぞ。きよっちゃんが、買えるぐらいだから、それほど、高くなかった、いま、つぶれているらしい、その会社。

ペルー、ボリビア国境に、あーのチチカカ湖が、あって、きよっちゃんの理解では、その周辺に、アイマラの人たちが、いる

とゆうこと、なんだが、ボリビアの事実上の首都ラパスや、その上、エルアルト空港周辺のエルアルトとゆう、街には、アイマラのひと、多し。ポトシとゆう、ここも、鉱山見学で、行ったが、この辺あたりは、ケチュアのひとだそうだが、専門家でも、ないきよっちゃんには、ケチュアとアイマラの違いは、よくわからない、どちらも、モンゴロイド、先住民だろうし、ボリアで、こうてきた、アンデス音楽のCD,あ、オレ、フォルクローレとゆう、音楽言葉は、嫌いです、使いません、そんなん、たーだの民謡でっせー、きよっちゃんのアンデス音楽は、アンデス山脈周辺の先住民の音楽とゆうことで、アンデス音楽なのだー、文句あっかーー?

ラパスのペーニャー生の演奏を、聞きながら飲み食いできるお店ーで、聞いたアイマラの人たちの演奏スタイルは、小型の太鼓を、もって、たたきながら、ケーナや、シーク、アンタラーアンデスのパンパイプを、吹くとゆう、えらい単調な音楽やった、なー。本では、チチカカ湖周辺では、多数のアンタラの集団演奏が、あるそうで、聞いてみたいなー。

きよっちゃんが、行った、マチュピチュ、クスコの近くといっても、列車で、行くのだが、その南部が、監督カタコラさんのプーノ県だから、アイマラ圏なんだーねー。

映画の宣伝では、5000メートルの高地ゆうてるけど、クスコ、ラパスで、4000メートル、ま、わいらのような低地人間は、高山病に、かかるのは、当たり前、息切れするか、酒飲んだら、悪酔いするか、なんだが、高山病が、ひどいか、軽いか、踏み絵のように、試されるのよねーーー。あんたは、どうでしょう?

まー、現地のひとは、そこで、マラソン大会してるからねー、ラパスで、、。

とゆうか、西班牙人が、コンキスタドールとして、南米大陸に、侵略・征服しにきて、海岸部の先住民は、虐殺パンデミックで、ジュノサイドされちゃったけど、アンデス高地のほうは、その西班牙人が、苦労したから、生き残った、とゆう、ほんまか、うそか、わからん伝説が、あるくらい、で、過酷ですよー、高地は、アジアで、ゆうと、行けなかった、シナのチベットなんでしょう、なー。

映画は、一神教のキリスト教の影響が、ないのが、よかった、ねー。一神教、ユダヤ、キリスト、イスラムが、世界の諸悪の根源とにらんでいるの、でね。

パチャママとか、精霊に、祈るですねーコカの葉とともに、、。日本では、コカインのおかげで、ご禁制ですがー、現地では、重宝しました。お湯を、そそいだら、コカ茶に、なって、高山病対策も、あり、良く飲みました。

嚙んだら、アルカイド系なんですかね?空腹を、忘れらるとゆうか、ポトシ鉱山の先住民のミネーロー鉱夫たちは、ほっぺたが、こぶのように、ふくらむほど、コカの葉を、口いっぱい入れて、薄暗い地下のきつい労働に耐えてはった、なーー。

監督のおじいさんが、主役のウイルカじいさんなんだが、このひとのケーナの下手さ加減が、いい。

さらに、木彫りの笛、タルカかだったかな、そのご満悦に吹くすがたが、いいーねーーー。

具体的内容は、映画を、観てほしいのだが、宣伝で、日本のオズの影響うんぬんとあったが、東京物語も、そうだが、老夫婦とその子供たちのすれ違い、親にとっては、いつまでも、子は、子なんだろうが、子供に、とっては、捨てていく存在なんですなー、それは、遠いアンデスも、日本も、一緒や。そやけど、ラストシーーンのひとり残ったパクシばばあの、スックとした、下山しようとする立ち姿を、みて、嗚呼、アイマラよ、おまえもか、女性の強さを、再認識しましたー。

きよっちゃん、なんかー、子を連れたよめはんに、逃げられ、ニッポンひとりぼっち、だよーーーー、カナシ。

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