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ショートショートバトルVol.6〜「まつげボーン」北軍(最東対地、遠野九重、天花寺さやか)

(お題:修羅の家)(ムード:キュンキュン)

【第1章 最東対地】

 これは、とある少女の「変身」に至る物語である。

 神寺(かんでら) みつき、空中で衝突する音に耳を塞ぎ、今目の前で起こっている出来事を整理した。
 がぎん、と空気を破(わ)る音が衝撃と共に耳を掠めていく。
 と、思えば風が高い音で前髪を浮かせた。

 見えない。見えない。見えない。
 一体なにが起こっているのだ。

出来事を整理するもなにも、見えないものを整理しようがない。

「わけわかんない!」

 叫ぶしかなかった。

 みつきの叫びに呼応するかのように、音の嵐が止み、突如静寂が訪れる。
 耳鳴りがしていた。騒音から静寂に転じると、音は置き去りになってしまうのか。

 みつきはこれまでの自身の体験から、それがそういうものだとはじめてわかった。そんな無関係なことに無駄な時間を使ってしまうほど、みつきは放心していた。

 静寂の空の中、ふたつの人影が現れ、互いをけん制するように微動だにしない。

 魔法少女フェンリルはるひと、魔法少女ガイストなつきが睨み合っている。

 みつきはただそのふたりを見上げながら、こうなってしまった経緯(いきさつ)を振り返る。

 はるひとなつきは、どちらもみつきの友達だ。中学校の同級生だったのがはるひで、高校で知り合ったのがなつきだった。

「エクスプロージョンバーン!!」

「ヴィーナスランデブー!」

 閃光に包まれ、影が地面に焼きつきそうだ。まさにフラッシュバック。その閃光のおかげでみつきは思い出した。

 修羅の家。

 地元でも誰も近づかない、どう見ても廃墟の館がある。はじまりはそこだった。

 みつきはその日、はるひが魔法少女に変身するところを目撃してしまった。

 この世界には、自分たちが知らないだけで強大な敵がいる。それが知らないところで、知らないうちに戦い、そして常に勝負がついている。

 美談ではない。

 魔法少女が勝つこともあれば、敗れて死に至ることだってある。修羅の家はそういう意味では人知れず変身するにはちょうどいい場所だった。時々、肝試しに訪れる若者くらいなものだ。

 修羅の家にはおばけがでるという噂があるのだから仕方がない。実際、なつきを連れて肝試しにやってきたせいではるひの秘密を知ってしまった。

「魔法少女が正体を知られたら、私にはふたつの選択肢しかない。見られた相手を殺すか、もしくはその人物を魔法少女にするか」

 なつきは負けず嫌いだ。事態を理解するより前に、はるひの鋭い目つきに焚き付けられて魔法少女になることを決めてしまった。

 いわく、目の前で実際変身したのだから疑いようがないという。それよりもはるひよりも喧嘩が弱いと思われるのが嫌だったらしい。

 はるひもまた、みつきを複雑なまなざしを見つめた。

「あなたにだけは見られたくなかった。みつきは、絶対にこんな。。。肝試しみたいなこと」

「なによ、私のせいにしたいの? 見た目通りの卑怯さね。みつき、変身しなくてもいいよ。私が守ってあげるから、こんなやつのいいなりにならなくていい」

「違う。これは決まっていること。お願い、みつき変身して。そうすれば私は。。。」

「殺さなければならない? 馬鹿ね、そんなことさせない」

「たったいま魔法少女になったっていうのにえらそうなこと。いいの? あなたが死ねばみつきも死ぬわ」

 でも、私は殺したくない。

 と、はるひは渋い表情でみつきをみつめた。

「みつきは私がいないとだめなの。だから、私が守る。一緒に戦うなんてバカみたい」

 なつきが強い言葉を投げつけた。

「なにいっているの。戦うのが一番みつきにとって安全なの。それに魔法少女になるなら私が守ってあげられる」

「あなた。。。もしかして」

 ふたりが止まる。

 それ以上は聞きたくない。みつきは、友達は友達として接したいのだ。だからはるひと違う高校に進学した。そこでなつきと仲良くなったのだ。

 でもまさかなつきまで。

「まさか、高校で悪い虫がつくとはね。。。」

「なによ、闘(や)る気?」

「ま、待ってよ! なんで戦うことになるわけ? そんなのやだよ!」

 ふたりはみつきの言葉にまったく耳を貸さない。

「。。。魔法少女に変身した時点でチュートリアルが脳内にインストールされる。だから、あなたも知っているんでしょ」

「わかっているわよ。あれよね、あれを使えば全てが終わる。終焉(しゅうえん)の秘技」

 ふたりはいざとなったらそれを使う気だと言った。最終兵器であり、多くの犠牲を払う技。

「なに? なんの話してるの、そんなことより。。。」

「どっちが」

「使わざるを得ないか」

「ねえ、聞いてよ私の話を!」

 なぜこうなった。なぜだ。

 ふたりの力は拮抗していた。なつきはたったいま魔法少女になったとは思えない動きだ。

 それがよほど意外だったのが、はるひが苦戦しているように見える。

「みつきを守るのはこの私だ!」

 そして、はるひはその魔法兵器の名を叫んだ。

『決戦最終魔法 まつげボーン!』

 はるひの、まつげがボーンと破裂した。


【第2章 遠野九重】

 もう一度繰り返す。

 これは、とある少女の「変身」に至る物語である。

* *

 男鹿春人(おが はるひと)は京都府警のあやかし課に所属する一員である。

 あやかし課とは通称であり正式には「人外特別警戒隊」といい、古くから京都の平和を裏から守ってきた。

 春人の正式な所属は「京都府警察人外特別警戒隊 パームトーン区域事務所」である。

 今回、勝は京都の外れにある廃屋ーー通称「修羅の家」を訪れていた。

 というのも、ここで何人もの少女たちが行方不明になっており、それがあやかしによる可能性が高い、というふうに本部が判断したからである。

 草木も眠る丑三つ時ーー

 春人はひとり、修羅の家へと近づいていく。

(いやなにおいがする)

 春人は生まれつき霊感が鋭く、それが嗅覚に結びついていた。すん、すん、と鼻をひくつかせると腐った野菜のような匂いが漂ってくる。

 あやかしだ。あやかしがいる。おそらくは修羅の家と呼ばれる廃屋の中に。

 春人は警戒しながら家の中に入った。

 そのとき、少女の声が聞こえた。

『最終決戦兵器 まつげボーン!』

 なんだそれは。

 もしかしてここにはお笑い芸人のあやかしが住み着いているのだろうか。

 春人は首をかしげながら、同時に、一ヶ月前のことを思い出していた。

 春人には従妹がいる。名前を神寺(かんでら)みつきという。

 彼女はつい一ヶ月前、京都市内でガスの爆発事故に巻き込まれた。

 みつき自身は軽い脳震盪だけで済んだものの、一緒にいた友人の不園裏流(ふえんりる)はるひ、そして外巣塔(がいすとう)なつきを失っている。その心の傷は深く、みつきは今も家に引きこもっているはずだ。

 やがて春人は館の一室にたどり着いた。

 ドアの向こうからは「エクスプロージョンバーン!!」とか「ヴィーナスランデブー!」などといった、まるでアニメの技名のようなフレーズが聞こえてくる。

(においが、ちかい)

 春人は自分の武器である簪をポケットから取り出した。

 そしてドアを蹴破ると、部屋の中に飛び込む。

 果たして、そこにはーー

「みつきはわたしが守る、ううん私が守る、やめて二人とも」

 一人二役、いや、一人三役で呟きながら、両手に持った人形をぶつけ合う、虚ろな目をした少女の姿があった。

 その少女は、春人の従姉妹である、神寺みつきだった。

「みつきちゃん?」

 春人は予想外の事態に驚きつつ、周囲に視線を巡らせる。

 鼻をひくつかせ、あやかしの気配を探る。

 左だ。左の、部屋の端。

 そこに、阿修羅のような形相を浮かべた、六本腕のあやかしの姿があった。

 おそらく、このあやかしが何らかの術によってみつきを惑わせているのだろう。

 今まで行方不明になった少女たちも、おそらく、このあやかしの手で行方不明になったはずだ。

 放置することはできない。

 春人は簪をーー自分の首に刺した。


【第3章 天花寺さやか】

「春人。あんたにきつう言うとくけどなぁ。あんたの、その簪だけは使こたらあかんで。確かにその簪は霊力も強いし、何ぼ手に負えへん化け物が出たかて、その簪を使えば退治でけますやろ。せやけどなぁ」

 その簪、厄介え。私はよう使わんわ。

 霊験あらたかと伝わる簪を大叔母から受け継いだ時、当時あやかし課配属直後だった春人は、確かに「はい」と頷いたはずだった。

 けれど、あやかしに操られて、可哀想に失った友人二人を思い続けている従妹を前に、春人は我を忘れていたらしい。

 自らの首に簪を刺した春人は、溢れ出る力を感じながら、その技名を叫んだ。

「最終決戦兵器 まつげボーン!!!」

 喉がはち切れんばかりに叫んだ後、自分の体がみるみる巨大化する。腕しかり、足しかり、そして、まつ毛しかり。

「修羅の家」と恐れられる家の屋根をぶち破り、月にまで届く背丈となり、

 足元を見下ろす春人を見て、それまで強気に従妹を操っていたあやかしは震え上がった。

「エ、エイリアンだぁ!」

 春人は逃げ出そうとするあやかしを掴み上げて、京都の夜の町に美しい放物線を描くように、京都府警本部へと放り投げる。

 その後、春人はみつきを優しく手のひらに乗せ、顔の前まで上げた。

「みつき、怖かったろう。もう大丈夫だ」

 それまで虚ろだったみつきの表情が、だんだんと正気めいて、やがて驚きの表情へと変わる。

「春お兄ちゃん、そのまつ毛どうしたん!」

 正気かこの従妹、と春人は思った。

 今の春人の身長は、ゆうに50メートルを超えている。にもかかわらず、目の前の小さな従妹はそれに一切言及せず、まつ毛の長さだけに注目している。

 従妹は、さらに言う。

「お兄ちゃん、そんなに美人になったんだね......」

「美人?」

 春人はおもわず聞き返した。みつきが手鏡を出し、自分に見せてくる。

 春人は、胸がどきりとした。

 確かに、今の自分は50メートルを超える巨人である。

 ただ、その性別が。

 見る者を全て魅了してしまいそうな、絶世の美少女になっていた。

 手のひらの上では、相変わらず従妹が頬を赤らめて、きゅんとした表情で春人を見つめている。

 足元では、騒ぎを聞きつけて寄ってきたあやかしが「何と美しい女人!」と集まっている。


 訂正しよう。

 これは、とある少女「へ」、変身する物語だったらしい。

(完)

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6月20日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第16回定例会〜ショートショートバトルVol.6」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、今村昌弘、水沢秋生、尼野ゆたか、稲羽白菟、遠野九重、延野正行、最東対地、円城寺正市、天花寺さやか、大友青、緑川聖司

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。

タイトルになった「まつげボーン」はこんな曲です。


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