ショートショートバトルVol.6〜「スマホのカラ」西軍(大友青、稲羽白菟、水沢秋生)
(お題:シャーペン)(ムード:ドキドキ)
【第1章 大友青】
私のスマートフォンがぶるぶると震える。
ディスプレイにはメッセージの着信を知らせるポップアップが表示されていた。
送ってきた相手は見なくてもわかっていた。
私は溜息をついた。
お願いだから静かにしてほしい。
私は今、大好きなRPGゲームをしている。いくら彼氏だからと言って、私の時間を邪魔しないでほしい。私とクラウドとの時間を邪魔しないでほしい。
スマートフォンが再び震える。気づいてほしい。今、あなたの場所はここには無いということに。私は今あなたを置いて、クラウドとの時間を過ごしているということに。
だけど、ほんのちょっぴりだけ罪悪感をおぼえ、スマートフォンのロックを解除した。
『おっは~! ねえ、ねえ! 今! なに! し・て・る・の!』
うざい。
普段ならば、テンションをあわせて返事をしているところだが、クラウドとのギャップに辟易してしまう。どっと疲れてしまった。どうしてメッセージを見てしまったのだろうか。とにかく返事をしておかなければ、あとで面倒だ。
『やばぽよ~まじやばぽよ~』
いったいなにがやばぽよなのかは自分でもわからない。しかし、困ったときは、とりあえずこれでいい。こうしておけば、私たちは安泰だ。
視線をテレビ画面に戻す。愛しき人が私を見つめていた。
不意打ちだ。こんなの……不意打ちだ。
「元ソルジャーをなめるな」
「ごめん、そんなこと言わないでよクラウド!」
私は叫んでいた。
クラウドにフラれた。最悪だ。あのクソ男のせいで、クラウドを怒らせてしまった。
私は手元のノートにクラウドが話したセリフを書き留めようとした。しかし、シャーペンの芯が折れてしまって筆が進まない。
「元ソルジャーをなめるな」
クラウドのセリフを復唱する。その声は震えていた。
「……元ソルジャーだからなんなのよっ!」
クラウドは冷たい目をしていた。
【第2章 稲羽白菟】
テレビ画面の中、RPGの中の私の愛しい人、クラウド……。
寡黙な彼、ゲームの中のタスクにいつも精一杯、真面目にミッションをこなす彼。
しかし、彼が私を突き放すような言葉を言い、画面のこちらの私への視線をそらすのはこれが初めての事だった。
芯の折れたシャーペンをグッと握りしめ、私とクラウドとの間に溝を掘った憎むべき犯人、「彼氏」のメッセージが表示されたままのスマホをじっと睨みつける。
『おっは~! ねえ、ねえ! 今! なに! し・て・る・の!』
さっき届いたメッセージの通知が消え、ピコンと次の通知が画面に表示される。
『なになに? やばぽよ~まじやばぽよ~って、何がやばぽよ~まじやばぽよなの~?』
チャラ男の言葉が今までになく苛つく。
バイト先、河原町のバーの年下の先輩。軽めの性格は本当は好みではなかったけれど、面白い軽口を言いながら、人懐っこく絡んでくる年下君が、今まで付き合った男たちとは違っていて、何だか付き合ってしまったのだ。
けれど私はバーでバイトなんてしているものの、そもそも古風で、一時期「歴女」と言われていたタイプの歴史好き。RPG、乙女ゲー、今はソシャゲにはまっている真正のオタク。けれど今は、一旦家に帰ればずっとクラウドと時を過ごしている一途な「クラウドの女」なのだ。
ゲームの中はゲームの中、現実は現実──そう割り切って、私は今までスマホの向こう「彼氏」との関係は関係として自分自身のキャラもチャラく装って、明るく振舞ってきた。
けれど、クラウドとの間に溝を掘ってしまった「彼氏」を、もう私は許すことは出来ない。
現実世界の「彼氏」とゲームの中の「クラウド」──私はスマホの画面をじっと見ながら二人の男を天秤にかけた。
いや、天秤にかけるという言い方は間違っている。
答えは既に出ているのだ。
『おっは~! ねえ、ねえ! 今! なに! し・て・る・の!』
『なになに? やばぽよ~まじやばぽよ~って、何がやばぽよ~まじやばぽよなの~?』
こんな意味のないメッセージを深夜に送り付けてくる「彼氏」。
『元ソルジャーをなめるな』
寡黙で、自分に課せられた仕事に真剣で、そして、古風な私を絶対に裏切らない伝説の男──。
今、レトロゲームファンの間では「クラウド」とカタカナで書かれることが多いけれど、本当は蔵人頭(クラウドノトウ)という官位を持った素敵な男。
彼の言う「元ソルジャー」というのは彼の以前の仕事、検非違使(ケビイシ)の事。
800年前、この京都……平安京に突如現れたエイリアンを落とし穴を掘って埋めるタスクに命を賭けた貴族の男。
私の心は決まっている。
私はスマホからテレビの画面──『平安京エイリアン』のマップの中で穴を掘る8ビットの素敵な彼氏、クラウドの姿を愛おしく見つめた。
【第3章 水沢秋生】
『ねえ、ねえ! 今! なに! し・て・る・の! ってば!』
僕は再びスマホからメッセージを送った。しかし、返事を確かめることはできなかった。なぜなら、路地から現れたエイリアンが牙を剥き、襲い掛かってきたからだ。
僕は拳を握り、エイリアンの弱点である額の真ん中に位置する目を殴りつける。エイリアンは、地球の人間には発することが不可能な奇声を発し、京都の路地の奥の暗がりに撤退していく。
それを見て、僕は静かに息を吐き出した。
京の町に潜むエイリアンを退治するのは、僕の血筋に与えられた使命だった。聞くところによれば、およそ800年も前から、祖先たちはエイリアンと戦ってきたという。狡猾なエイリアンは、あるときは麻呂眉の公家を装い、あるときは徳のある僧のなりをして、またあるときは「ぶぶづけ召し上がりはったら?」などとのたまう京レディーのふりをして、多くの人間を餌にしてきた。
僕の仕事はエイリアンと戦うこと。河原町のバーの仕事は世をしのぶ仮の姿。エイリアンとの闘争は、僕たちが蔵人頭(クラウドノトウ)と呼ばれてきた頃からの役割だから。もちろん、それを誰かに教えることはできない。だから僕にできるのは、精一杯おちゃらけたメッセージを彼女に送ることだけだ。そうして帰ってきたぽよぽよした返事を心の支えに、エイリアンと戦い続ける。
スマホにメッセージが届く。
『私たち、別れよ』
そのメッセージを確認したのと、京町屋の屋根に潜んでいたエイリアンが襲い掛かってきたのが同時だった。
「元ソルジャーを、なめるな」
僕はつぶやき、エイリアンを殴りつけた。
(完)
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6月20日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第16回定例会〜ショートショートバトルVol.6」で執筆された作品です。
顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、今村昌弘、水沢秋生、尼野ゆたか、稲羽白菟、遠野九重、延野正行、最東対地、円城寺正市、天花寺さやか、大友青、緑川聖司
司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也
上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。
また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。
さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。
当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。
タイトルになった「スマホのカラ」はこんな曲です。