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ショートショートバトルVol.6〜「スマホのカラ」東軍(円城寺正市、川越宗一、今村昌弘)

(お題:熱中症)(ムード:ドキドキ)

【第1章 円城寺正市】

 私は、手の中のスマホをじっと眺める。
 SNSのタイムライン。
 昨日、デートした田井中くんとのやりとりが残されている。
 彼は、私がずっと、ずーーっと片思いをしてきた男の子だ
 散々ちゅうちょした末に、ついに昨日、私は彼をデートに誘った。そして、一緒にあべのハルカスに買い物に出かけたのだ。

 手を繋いで一緒に買い物した。私は夢見ごこち。彼はどこか上の空。
 たぶん緊張していたのだと思う。
 彼はずっと顔を真っ赤にして、ちょっと息を荒くしていた。
 私のことを意識していたはず。ドキドキしていたはずだ。
 そして、今、私は告白のメッセージを書き込んだ。

「付き合ってください」という書き込み。

 そして今、彼の返信中のアイコンがぐるぐる回っている。
 大丈夫。きっとオッケーしてくれるはずだ。
 でも、返ってきた答えはーー

「ごめん、つきあえない」

 私は思わず声を上げる。

「なんでやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

 だって、顔真っ赤だったじゃん! デレデレしてたじゃん! 鼻血だしそうになってたじゃん!

 とりあえず、私は「またまたぁー」と返信を返してみる。
 小心者の様子見である。
 すると、彼から返ってきた返信は「僕、巨大愛好癖(メガロフィリア)だから無理なんだ」

「巨大愛好癖(メガロフィリア)?」

 なんだそれ? 聞いたことがない。私はググって見る。
 するとウィキ●ディアにこんなことが書いてあった。

「巨大愛好癖(メガロフィリア)」

 ーー巨大な物しか愛せない性的嗜好。

 例としてエッフェル塔と結婚したウィルズ夫人/ベルリンの壁と結婚したモディバードさんの例などがある。

 だめだ、意味がわからない。
 そこで、私は気づいた。
 昨日、彼はずっと顔を赤らめていた場所はあべのハルカス……。

 あいつぅううううううう!? 私じゃなくて、ハルカスに欲情してやがったのかああああああ!?

 私は顔を引きつらせながら、もう一度メッセージを送る。
 まだ、冗談だと思いたい自分がいる。
 しぶとく希望にすがって見る。

「好きな人っていないの?」

 すると、すぐに返信が返ってきた。

「万里の長城」

 あ、だめだ、コレ。
 まさかの恋敵が世界遺産。
 中国3000年の歴史がライバルだとか、一体なんの冗談だろう。

 だが、しかし、私は諦めきれない。
 なんとか彼を射止める方法はないだろうか……。

 そして私は、田井中くんハートゲッチュ大作戦の計画を練り始めた。

【第2章 川越宗一】 

「173.5センチ。先月より2ミリ小さくなったね」

 かかりつけの医者がごく軽く言う理由は、ぼくにはわかっている。
 不治の病に苦しむ僕を、彼なりになぐさめようとしているのだ。

「リトアニアの製薬会社が新しい薬を開発したらしい。いまは同意した患者に投与する試験が始まっているそうだよ」

 医者は、ごく明るく言う。いつものことだ、どうせ効果なしとなる。とは医者は言わなかった。ぼくは「期待しています」とだけ言って、診察室を出た。

 ぼくは、「チヂミ病(びょう)」という病気にかかっている。文字通り、身長が縮んでしまう病気だ。同時に心身の機能も衰えて数年程度で死んでしまう。

「この病気の患者は、身長がゼロに向かって縮んでいるのではない。減っているのだ」

 そんな新しい説が唱えられたことは、聞いている。その仮説の帰結は、

「患者の身長はゼロ以下になる」

 ここで人体を科学する医学は、世の全てを数式に置き換えようとする純粋数学と結託する。ゼロより小さい身長とは、いかなる状態か。

 僕くらいの年頃なら、いまの恋や将来について語り合える。けど僕は、それができない。僕の将来は、人類にとって未知の領域に入る。僕ひとりだけのことではなくなってしまっている。

 だから、あの子が告白してくれた時はとても嬉しかった。ぼくも周りのやつらみたいな青春をおくる資格があったのだと、心から思った。

 そして、心から詫びたくなった。そのあげくに、どうにもつっけんどんな答えを返してしまった。

 ぼくはあべのハルカスが好きだ。とても好きだ。どうしても好きだ。チヂミ病だからか、もとからの好みかはわからないけれど。だが、あべのハルカスが僕に振り向くことはない。ぼくが恋い焦がれている相手は、物言わぬ鉄骨が建築工学で組み上げられただけの無機物なのだ。

 彼女に、謝らねばならない。身長ゼロ未満、という人類が知らない世界に到達しようとする僕は、それでもまだ人間なのだ。謝るべき、という気持ちに気づけるくらいには、まだ人間なのだ。

 僕は天王寺の街を走り出した。やけに綺麗になった公園、この稿の筆者が高校生の頃に完成した天王寺ミオ、おなじく筆者が高校時代を過ごしたミスタードナーツを過ぎ、あべのハルカスが見下ろす街を、ぼくは走る。

 彼女の家の前に着いた頃、ぼくの目線はベビーカーできょとんとする赤ちゃんと同じ高さになっていた。

【第3章 今村昌弘】

 間に合った。僕は安堵しつつ、彼女を呼び出すことにした。

 こんな奇病のことを急に打ち明けて、彼女はどう思うだろうか。前に会った時よりもはるかに小さくなった僕を見て、僕だと気づいてくれるだろうか。ふざけていると思われるだろうか。それとも……こんな僕を見てもまだ好きだと言ってくれるだろうか。

 甘い期待だと分かっている。だけど僕があべのハルカスを愛する気持ちとは別に、まだ人に愛されたいという希望が僕の中に残っていた。

 だがいざ彼女を呼び出そうとして、僕は愕然とする。

 背がインターフォンに届かない。

 まさかここにたどり着く前にここまで小さくなってしまうとは思いもしなかったのだ。

 こうしている間にも、僕はどんどん小さくなってインターフォンまでの距離は遠ざかってしまう。これでは彼女を呼び出せない。

 僕は途方にくれた。もう時間がない。僕の声は彼女に届かないのか。

 その時だった。家の中からメリメリメリ、となにかが崩れる音が聞こえた。

 びっくりして見上げると、彼女の家が大きく軋み、屋根がボガーンと弾け飛ぶ。なにかが爆発したのか、と思ったがそうではなかった。中から巨大な生き物がのっそりと現れたのだ。

 それは彼女だった。彼女自身、ひどく戸惑った様子で自分の体を見下ろしている。

 いったいなにが起きたのだ。

「うおおおーーーい、僕だ、田井中だあーーーーっ!!」

 聞こえるはずのない声に、彼女がこちらを向いた。

「田井中君、その姿は」

 僕はチヂミ症のことについて説明する。それを聞く彼女の顔がみるみる青ざめた。

「まさか、あなたがあの病気にかかっていたなんて」

「君はどうしてそんな姿に」

「私のお父さんはチヂミ症の治療薬を研究をしていたの。それはどんどん小さくなってゆく人の身長を、逆に巨大化させるものだったのよ」

「そんな薬が!君のお父さんは何者なんだ」

「NASAの職員よ」

「NASA」

 なぜアメリカ航空宇宙局が。

 ともかく、彼女は僕の好みに合わせるためにその薬を飲み、僕らの距離はずっと早いスピードで離れることになってしまった。僕はこの悲劇に心を痛めると同時に、彼女の思いの強さに心を打たれた。

「田井中くん、ずっと一緒にいたいよ!」

 彼女の街を揺るがすほどの叫びに、僕も叫び返す。でもその時にはすでに僕の体はノミよりも小さくなり、彼女に届くことはなかった。


 時は流れた。

 田井中君は私たちの前から消え、そして私の体は体長100メートルほどの大きさになったところで成長を止め、徐々に元の大きさに戻った。

 お父さん曰く、あの薬はまだ未完成で効き目には限度があったらしい。

 私は田井中君の消失に絶望し、三日三晩泣きはらした。

 そんなある日、私のスマホに彼からのメッセージが届いた。

「僕はずっとここにいるよ」

 彼の言葉によれば、彼の身長はゼロではなくマイナスに突入する。

 それは彼が情報の存在となり、スマホの中で生きられるということだったのだ。

「君が思い続けてくれる限り、僕はずっとここにいる。スマホの殻の中でも、君の愛が溢れているから」

(完)

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6月20日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第16回定例会〜ショートショートバトルVol.6」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、今村昌弘、水沢秋生、尼野ゆたか、稲羽白菟、遠野九重、延野正行、最東対地、円城寺正市、天花寺さやか、大友青、緑川聖司

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。

タイトルになった「スマホのカラ」はこんな曲です。


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