海砂糖
影は二つ、何を問いかけても彼女は
「海砂糖が見たい」
と答えるだけだった。僕にはその言葉の意味が分かるはずもなかった。それはきっと彼女だけが見ている理想郷にある代物だからだ。前々から、彼女は喜んで言っていた「空と海は逆で、白いカラスがいて、海砂糖が綺麗だった」と。よっぽど、素敵な何かだろう。
僕はそんな彼女に「見れるといいね」と適当に宥めることしか出来なかった。
彼女の子供っぽさは一見、傷口のようだったが、時にナイフのようなものでもあった。
僕は時々思うのだ。
僕もずっと子供でいられたら、君と一緒に、空と海が逆の世界や、白い烏や海砂糖を見ることが出来たのだろうかと。
君の世界で僕も生きれたら、どれだけ幸せだろうかと。
彼女の部屋には17年前の恋愛小説が置かれていた。その小説の栞は中盤あたりで挟まれていて、窓際に置かれていたので、随分、日焼けをして、薄茶色になっていた。そして、それはもう読まれることはないだろう。