ゴスレ解説台本原本
「こんにちは!今回は劇団四季の『ゴースト&レディ]、
原作『黒博物館 ゴースト アンド レディ』について
知っているとより面白くなる解説と私の考察をお届けします。
現在ゴースト&レディはユーネクストで5,500円にて見逃し配信中ですが明日の11月21日に終了してしまいます。
既にみた方はこの動画を見た後に是非、見直してみてください。
まだ見てないかたは今すぐブラウザバックして見終わってからこの動画を見て頂いた方がより楽しめると思います。
ポイント:本当は配信開始の時には動画をアップしたかったのですが体調不良で収録が間に合いませんでした。
この動画では、楽曲の構成や舞台の背景
登場人物の心情に深く踏み込んでいきますので、ネタバレが含まれます。
まだ見たことがない方は、今すぐブラウザバックをしてください。ネタバレなしで見た方が最高です。もし見る事が間に合った方は是非、この動画でより深いゴーストアンドレディの世界を堪能してみてください。
【音楽の構成】
「まず、全体的な音楽の構成について。『ゴースト&レディ』の音楽は、ケルト音楽、特にアイリッシュ・ケルト音楽がメインとなっています。
このスタイルは、物語の中で感じられる悲しみや情熱を見事に表現しており、イギリスやアイルランドの伝統音楽が色濃く反映されています。」
01.【「奇跡の夜に」の歌詞と時間軸】
「続いて『奇跡の夜に』という曲について解説していきます。
奇跡の夜には、最初と終盤で流れますが最初の奇跡の夜には、歌詞の一部に『忘れはしないあの日の決意』というフレーズがあります。
このあの日というのはサムシング・フォー グレイリプライズの際にグレイがフローに語っていた「やり残したこと、どうしてもやりたいこと」と繋がっており、グレイの時間軸がフローの死後であることを意味しています。
叶える宛てもないまま、と続いているのは引退したへぼ作家に書かせて百年以上かかった舞台を見るための観客が居なかったという事なのでしょう。
【150年~200年ぶりの言葉の解説】
「『150年~200年ぶり』というセリフですが原作を参考しつつも、実際にグレイが死んだのは1763年です。そしてフローと出会ったのは原作では1852年、舞台では1854年、つまりグレイは既に死後89年、舞台では91年経過してるんですね。
次にグレイが一時的に消滅したのは1856年で今が2024年なので168年ぶりというのが正確な月日になります。
仮にフローやボブとの会話を含めなかった場合でも261年ぶりという事になるので150年、いや200年ぶりとは結構大きいズレがあります。
フローが死去してからは114年が経過していますが、脚本制作に100年かかったとの事なので、完成してから現在だとすると14年ぶり……という事になります。
グレイはフローが死去した際も「50年ぶりか?」と言ってフローから「54年ぶりよ」と訂正されていますし、私の使命でも「俺はもう100年、ここから一歩も出てねえんだ」と言っていますが原作では89年、舞台では91年なので100年は経過していません。
グレイ本人が時間間隔がガバなのか、それともゴーストとして存在している時間が長すぎてガバくなったのかもしれません。
「また、面白い演出として、グレイが『まさか俺が見えているのか?』というセリフを言うシーンがあります。観客を舞台装置の一部として巻き込んでいく巧妙なトリックで、観客が単に物語を見守るのではなく、物語の一部、まるで『生き証人』として物語に関わる感覚を抱かせる演出が素晴らしいです。」
02.【「カゴの鳥の願い/私の使命」】
「『カゴの鳥の願い/私の使命』という曲では、グレイが『やつが声かけるのはいつも若い女、ジャンヌ・ダルクとか』というセリフを発します。
この部分、少し嘲笑的なニュアンスを含んでいますが、実はイギリスとフランスの歴史的な対立を暗示しているのかもしれません。
ジャンヌ・ダルクはフランスの英雄として知られていますが、イギリス人からすれば彼女は非常に目障りな存在だったでしょう。※百年戦争はフランスとイングランドで行われた戦争です。
このセリフには、イギリス人がフランス人を嘲笑するような、微妙な感情が込められているように感じられます。」
【「喜劇か悲劇か」 シェイクスピア的な解釈】
(シェイクスピアの「ハムレット」のセリフ『to be, or not to be』が画面に表示される)
「終わり際のこのセリフにはシェイクスピア作品『ハムレット』のテーマとも重なる要素が含まれています。『喜劇か悲劇か』という問いは、シェイクスピアの劇の中で繰り返し登場するテーマであり、人生そのものを指し示すものだと私は解釈しています。
『喜劇と悲劇の境目』は人間の主観的な感じ方によって決まるものであり、それこそが人生そのものの意味を深く表していると言えるでしょう。」
またグレイは『真実』と『わがまま』を天秤にかけておりグレイにとって、フローとの関係が喜劇にも悲劇にも見えるこの状況こそが、まさに人生の不確実さを象徴しているのだと思います。観客に対してもその目で見届けてほしいという願いがあると考察することが出来ます。
03.【「俺は違う」】
「この曲『俺は違う』では、フロー役の谷原さんと真瀬さんが歌い分けをしているのがとても印象的です。
谷原さんが演じるフローは、非常に控えめで大人しい令嬢のような雰囲気が漂っています。
特に『たとえば?』というセリフを発する際、恐る恐る確認するような感じが強調されています。
一方で、真瀬さんのフローは、少し我が強く、興味津々に話を引き込まれていく様子が見受けられます。
『人を襲うんですよね?』というセリフの表現も、谷原さんはややおどおどしつつも慎ましい印象ですが、真瀬さんの場合は話に興味津々といった積極的な印象がありました。」
「このような演じ分けを通じて、谷原さんは『控えめで大人しい令嬢』というフローを表現し、真瀬さんは『芯が強く向上心のある令嬢』というフロー像を作り出しています。それぞれのアプローチによって、フローのキャラクターに深みが増しているのがわかりますね。
04.【サムシング・フォーの由来】
「次は『サムシング・フォー』の話題に移ります。
Something old something new,
something borrowed(ぼーろうど), something blue,
and a sixpence in her shoe(シュー).
これは、マザーグースの詩でありイギリスの伝統的な結婚式の習慣から来ています。
花嫁が結婚式で幸運を呼ぶために持つべきアイテムを意味しており、それぞれのアイテムが象徴するものがあります。
『古いもの』は過去のつながり、『新しいもの』は未来の希望
『借りたもの』は幸運の訪れを象徴し、最後に『青いもの』は誠実さや忠誠を表すものです。
マザーグースと原作では舞台と違い「6ペンスを靴の中に」とあります。
しかしながらサウンドトラックの方を聞くと解りやすいですが、歌い終わりにシャララという金属音が混じっています。サムシング・フォーでは落下音ですが、グレイによるサムシング・フォーリプライズでは落下してから天に登る様な音に変わっており、視覚では表現できない部分をしっかりと音で表現しています。
「原作では、グレイがフローと出会ったエピソードの中で『サムシング・フォー』が初めて登場します。グレイはその時、微妙な反応を見せながらも、シャーロットとの過去の駆け落ちのエピソードに繋がります。シャーロットから『安物はダメ』と言われ、グレイはその後、骨董屋で『ルビーとエメラルドのブローチ』、最上級のレースの『真っ白なハンカチーフ』、貴族の娘がしていたという『ブレスレット』、そして一番高価な『サファイアの指輪』を手に入れます。」
「舞台では、アレックスがグレイと似たようなアイテムを選んで持ってきます。例えば、エメラルドのブローチや、レースの手袋、真珠のネックレスなどが登場しますが、特にサファイアの指輪は完全に一致しています。細かいところでは、ブローチも舞台ではちゃんと緑色のエメラルドがはめられています。実に細かいですね」
05.【「看護婦なんて」】
「『看護婦なんて』という曲についてです。この曲の中で、グレイが決闘を申し込むシーンが登場しますが、実は原作ではこの決闘のシーンがしっかりと描かれています。決闘士としての誇りや性格が表現されており、グレイ自身がフローの運命を切り開くために戦う姿が描かれています。」
「そして当時の時代背景を考えると、看護婦という職業は今のように認知されていませんでした。曲中でフローが看護婦を職業に選ぶことが差別的に表現されていますが、当時の社会では、貴族の娘が看護婦になることは全く考えられなかったのです。ましてや、結婚を蹴ってまでこの道に進むというのは、極めて異例のことでした。」
「史実のナイチンゲールでは父親が理解者でした。原作ではアレックスはおらず、舞台でのこのやり取りは家柄や社会的地位を捨てるという大きな葛藤を伴う決断であり結婚を拒むエピソードを挿む事で、その決断がどれほど重いものであったかが強調されています。」
06.【「絶望のどん底で」】
「『絶望のどん底で』はドラマティックで強烈な感情が交錯しており、音楽と振り付けが重要な役割を果たしています。まず、音楽にはタンバリンの音が使われ、バイオリンのような音色が響きます。これにより、情熱的で切迫感のある雰囲気が作り出されているのが分かります。実は、この音楽、少しスペインの音楽を感じさせる部分もあり、舞台の情熱的なムードを強調しています。」
ここで注目したいのは振り付けです。このシーンでは、グレイとフローの動きが非常に官能的に表現されています。特に、フレーズ『絶望するんだ』『絶望した時は』の部分で、グレイの腰の動きやフローの動きがまるで生殖的な表現に見えますが、実際には『命のやり取り』を象徴しているのです。つまり、これは単なる身体の結びつきではなく、魂や命の結びつきとして解釈することができます。
グレイが剣を突き立てる動作についてですが、剣を使うことには、ヨーロッパ文化において非常に象徴的な意味が込められています。剣は信仰や正義の象徴として儀式的に使われることが多く、グレイの場合もその例外ではありません。フローから『殺しを仕事にしていたしていた』と言われた際は、『殺しじゃねえ、決闘の代理人だ』と怒ったように返します。
この言葉からも分かる通り、グレイは自分の仕事に誇りを持っており、剣はその仕事道具として、グレイを表すアイテムとしても非常に重要なものです。
そして、グレイが突き立てた剣をフローが握るシーン。
この動作も非常に意味深いものです。フローが剣を握ることは、彼女の決意や仲間への誓いを示しています。
そして同時に、自己犠牲や他者を護る覚悟を示す行動でもあります。
振り付けとしては、まるで決闘をしているようでもありながら、社交ダンスのような仕草も含まれており、対照的で興味深い表現です。
さらに、このシーンではフローとグレイの足のステップにも注目してください。『覚悟を』と言い合いながら、フローが足を前に出し、その足にクロスさせるようにグレイが足を出すステップが見られます。
この動きは、対抗や競争、駆け引き、そして連携の象徴です。演劇の表現としては、パワーバランスや状況を表すために使われることが多い動きですが、ここではフローから仕掛けて、その話に乗るグレイという構図が見て取れます。
この構図を考えると、グレイが『主役は俺だ』と言いつつ、実際にはフローに『乗せられた』というシーンになります。少し可愛い一面が見える瞬間ですね。グレイの意地や強さが表れる一方で、どこか人間味を感じる部分でもあり、この微妙なバランスがグレイらしさを際立たせています
07.【「国は責任をとれ」】
「『国は責任をとれ』では、音楽が非常に印象的で、まるで軍人の行進を思わせるようなリズムが刻まれています。特にトランペットとスネアドラムの音が目立ち、戦争の緊迫感や切迫した状況を音楽だけで表現しています。」
「トランペットの高らかな音色やスネアドラムの鋭いリズムは、戦争の戦闘的な雰囲気を強調しています。これらの楽器が鳴ることで、視覚的に兵士たちが行進しているシーンが思い浮かび、音楽だけで状況の厳しさや切迫感が伝わってきます。まさに、戦争中であること、そしてその中で感じられる緊張感を音楽で説明しているのです。」
08.【「走る雲を追いかけて」】
『走る雲を追いかけて』では、是非見て欲しい部分があります。これは劇団四季メンバーへのインタビューで明かされた情報なのですが、実は舞台床に史実に基づいた、ナイチンゲールが作った円グラフが描かれており、曲のサビの部分で立つ場所が、その円グラフの真ん中になる様に設計されています。
この円グラフは配信で視覚的に確認できるようになっていますが、実際の舞台では、足元に描かれているため、気づくのが難しいかもしれません。しかし、このような細かい演出こそが製作者側の強いこだわりを感じさせます。観客としては、舞台の中で直接目にすることができるかは運次第ですが、気づいた人には一層深い意味を持つシーンとなるでしょう。
09.【「助けはいらない」】
『助けはいらない』は『国は責任をとれ』同様、軍隊らしい音楽が使われており、トランペットやスネアドラムの音が特徴的です。
「歌詞の内容には史実に基づいた部分も多いのですが、時代背景に合わせた事実が巧みに組み込まれています。特に、『マルセイユの荷物が…』のシーンでは、フローを含む他の看護婦たちが軍人に対して圧力をかけるシーンがあります。原作ではもう少し自然な流れで、この圧力の強さは少なかったのですが、舞台ではその圧が強調されています。」
【「何かを野郎にさせてえ時」】
「実はこのシーンには、原作に登場するグレイのセリフが関係しています。
グレイは、ある場面で『何かを野郎にさせてえ時、ギャーギャー言うのは男に暴力を使う言い訳を与えてるようなモンだ』と言います。
その後、グレイは『要求が叶うまで無言で立ち続ける女にさすがに男は乱暴できない』というアドバイスをするんです。
これが、圧をかけるシーンとつながっているんですね。」
【女性の戦術と時代の価値観】
「フローが『助けてください』と言いながら圧力をかけるシーンですが、これには時代背景が大きく関わっています。食べ物を粗末にすることは当時、非常に心理的重罪とされていたため、男性としてはその場で無視することができない状況が生まれます。また、女性が必死に助けを求める姿を無碍にすることは、男性としての甲斐性がないと見なされ、社会的にもあまり良い印象がない価値観が根付いていました。
ましてや軍人という立場から見ても、こうした圧力に屈するのは非常に難しい選択ですが、グレイが言ったように、こうした状況では大義名分を持つ女性の要求に対しては、軍人であっても断りにくいという現実が反映されています。最終的に、彼らが折れることは、その時代の価値観や、彼らの誇りにも繋がるものだったのでフローが取った戦術は非常に賢い方法だったのです。」
10.・世界一効く薬は
「『世界一効く薬は』では、衛生管理や人間の健康について今でも変わらず大切なことを歌っています。特に、歌詞の中で『一番効く薬は生きる力、希望だから』という部分が、私たちにとって非常に重要であることを思い出させてくれます。」
【「ささやかな集い」】部分はサントラには収録されていない部分ですが、このシーンで看護婦と患者たち、そしてグレイとフローがアイリッシュ音楽に合わせて踊り始めます。ここでの音楽やダンスのステップはアイリッシュダンスで、流れる音楽の調子もその特徴をよく表しています。」
「ダンスには社会的な階級を示唆する要素もあります。ステップの種類が中流から上流階級のものに近く、看護婦たちと軍人達は少なくとも庶民の中では上層に位置する人物であることが示されています。彼らのダンスの振る舞いがその地位を物語っています。」
「そしてこの部分で特に注目すべきは、グレイとフローが触れ合わない形で踊るパートナーダンスです。この距離感は、二人の心の距離を象徴しているとも言えます。グレイとフローはゴーストと人間という異なる存在であり、そのため身体的な接触は出来ない事に対する表現も含まれるかもしれません。
二人のダンスシーンは時間が停止しているという表現も重要です。時間が止まることで、二人の心の距離が描かれ、触れ合わないという事実が強調されます。しかし、シーンの終わりに近づくにつれて、二人が本当に手を触れ合いそうになる瞬間が描かれ、これは心の距離の縮まりを意味しているのでしょう。」
ポイント「てぇてぇ~~~~~」
11.【「これが戦争なのだ」】
この曲については私の好みという部分も含めて、サントラの表現に焦点を当ててお話ししましょう。配信版の表現も良いですが、サントラのバージョンには独特な違いがあり、聴き比べることでさらに深く楽しむことができます。
特にこの曲で注目したいのはジョン・ホールというキャラクターの演技です。私が実際に観劇した際には瀧川さんが演じていましたが、配信版では野中さんがジョン・ホールを演じています。この二人の演じ方に大きな違いがあり、非常に面白い対比となっています。
まず、野中さんのジョン・ホールは非常に傲慢で腐敗しきった軍の偉い人として描かれています。原作のジョン・ホールのイメージに非常に近い表現で、その上司らしい嫌味さが強調されています。この演技からは、ジョン・ホールの支配欲や自己中心的な姿勢がよく伝わってきます。
一方、瀧川さんが演じるジョン・ホールは、もっと神経質で、野望に溢れた軍人としての側面が強く出ています。瀧川さんの表現では、野中さん以上に『悪役』としての魅力が引き立っています。その神経質さと野心的なキャラクターが、より印象的に感じられ、私個人としてはその演技がとても魅力的でした。
あくまで私の主観での感想ですが、この二人の演じ分けは、まるで別のキャラクターのようです。野中さんの場合は『嫌な上司感』が前面に出ており、瀧川さんの場合は『悪役』としての深みが増します。それぞれのジョン・ホールには別々の魅力があり、どちらも非常に楽しめる演技となっています。
12.【「あなたの物語」】
「『あなたの物語』では、視覚的に非常に巧妙に作られており、幽体離脱の瞬間をどう表現しているのかが大きな見どころです。視線誘導が非常に巧妙で、役者が奥のスペースへと自然に移動することによって、まるで幽体離脱をしているかのように感じさせます。理屈では理解できても、実際にどうやって幽体離脱しているのかを間近で見ないと分からないほどの自然さです。この自然さが、演技と舞台の巧妙な仕掛けによって実現されている点が素晴らしいですね。
映像で見ても、どこでどう動いているのかを完全には把握できないという点でも、この演技の難しさと完成度の高さが伺えます。実際にはどういう仕掛けが使われているのか、役者の方々や舞台スタッフでないとその詳細は分からないかもしれません。
もし、仕組みが分かる方がいれば、コメント欄で教えていただけると嬉しいです。
このシーンの音楽も非常に印象的です。キラキラした音が多く、神聖な雰囲気を漂わせています。音調そのものが優しく誘導するような感じで、まるで天使が現れるような感覚にさせられます。
【ボブの反応が可愛い】
「そして、ボブのグレイに対する反応がとても可愛いんです。無邪気で純粋なその反応が、少し重いテーマの中にある優しさや温かみを引き立てています。
13.【「あの女は最悪」】
「『あの女は最悪』では、『俺は違う』と『あの女は最悪』のベースラインが同じという点に注目すると、グレイのグローへの感情の変化が強調されますね。
「また、『ひもじくて目覚める朝』のイントネーションが『孤児院を思い出すぜ』というセリフと似ています。
14.【「あなたが遠くて」】
「『あなたが遠くて』ではは非常に繊細で優しい音色が特徴的であり、エイミーの心情を見事に表現しています。音楽の中には脆さも感じられ、その繊細さが彼女の純粋さや幼さ、か弱さを引き立てています。
音楽の使い方がとても巧妙で、エイミーが抱える憧れの気持ちや、追いつけない自分に対する挫折感が伝わってきます。
優しい音の中に少しの儚さがあり、そのため、エイミーの感情がより深く共感を呼び起こします。
この曲の最大の魅力は、共感性や親和性の深さだと思います。
フローに共感するよりも、エイミーの抱える純粋さや挫折感に共鳴する人は多いのではないでしょうか。彼女の感情は、どこか親しみやすく、共感を呼びやすい要素がたくさん詰まっています。そして、この曲はただエイミーの心情を表現するだけでなく、観客を置いてけぼりにしないための工夫もされています。エイミーの気持ちに共感できるように、曲全体が非常に聴きやすく、感情が伝わりやすい形になっているんです。」
14.5ジョン・ホール』と『デオン』のシーンは、この場面で登場するメロディライン、特に『タンタタンタンタンタタンタンタン〜』は、実はカルメンの『ハバネラ』の導入部分と同じメロディです。この音楽が登場することで、少し異国的で、緊張感のある雰囲気が強調されます。」
そして、このシーンでフローが夜襲にあうシーンが描かれます。『味見しちまっても』というセリフがまさにその瞬間を表現しているのですが、原作ではグレイによって戦い方を教わったフローが、非常に強い防衛力を発揮しているんですよね。
、フローが敵に襲われた際、非常に戦闘的な技を使うことが描かれています。後ろから来た敵の頭を叩きつけ、髪の毛を握って壁に叩きつけ、さらには腕を振りほどくために親指と指の間で回し、獣のような低い唸り声を上げながら戦うのです。これらの動きは、ただの防御にとどまらず、彼女がどれだけ自分を守ろうと必死に戦うかを強く示しています。
このシーンは、舞台では描かれませんが、原作ならではの見どころです。舞台でも見たかったと思わせるシーンなので是非、原作を読んでみてください。
15・サムシング・フォー(リプライズ)
サムシング・フォーと同じですが、金貨の音はなく優しく諭して
その上で包み込もうとするやさしさからアレックスの愛情を感じます。
16.【不思議な絆】
『不思議な絆』は鐘の音から始まり、『少女のころ』から『貴方の眼差し』へと繋がっていきます。最初のメロディラインは、優しくふわふわとした追想のような感じで、まるで遠くを思い出すかのような印象ですが、そこからメロディが強くなり、歌い方も次第に力強くなっていきます。この変化は非常に明確で、感情の波が激しくなっていく様子を表現しています。」
「特に、『ああ何故だろう〜』の部分では、グレイの発音が少しイライラしたようなピリピリとした感じを見せます
。そこから『何かが』の部分では当惑と困惑を感じさせ、徐々に自分の気持ちを把握し始める様子が見て取れます。
【萩原さんと金本さんの歌唱の違い】
「ここからは私の主観ですが、この表現、特に萩原さんの歌い方が非常に優れており、不安と戸惑いが感じられる歌声に、次に続く『叶う筈のない夢をみているのか』のセリフがより一層強調されます。
対して、サントラでの金本さんのグレイは、どこかわくわくしているような前向きな表現が見られ、恋に対するしっかりとした愛情が感じられます。
両者のグレイは、どちらもキュートな部分があり、同じセリフでも全く異なる印象を与えていて、ジョン・ホール同様どちらの表現もそれぞれの良さがあって何度も観劇に通いたくなりますね。
『叶う筈のない夢』というフレーズには、グレイの過去が色濃く反映されています。グレイにとって、この夢は愛する人と結ばれ家族を持つことであり、実際には死者と生者という隔たりから、恋が実ったとしても叶うことはないという深い意味を持っています。
このシーンでの演出も非常に巧妙です。フローが前に進み、その後ろをグレイが追いかける構図が、二人の関係性を見事に表現しています。フローが歩き、そしてグレイがそれに付いていく。まるでフローが示す道を、グレイが必死に追い求めるような感じが伝わってきます。
ポップ:・アトラクト/さあ言え ボブが只管に可愛い。
ランプを持ったレディ
ドラムの音がして軍人感と同時に音楽が讃美歌の様な美しい音になっているのが特徴的です。
17.【限りなき感謝を】
「『限りなき感謝を』の入りは、まさに勇敢なるスコットランド行進曲を思わせるバグパイプの音で始まります。この音楽が響き渡ることで、ヴィクトリア女王からの感謝の気持ちと、彼女が愛したスコットランドへの敬意が表現されています。」
ヴィクトリア女王はスコットランドを非常に愛しており、彼女の夫アルバート公は、その愛情を知って、二人の第二の居城としてヴァルモラル城を女王に贈りました。また、イギリス王室には、君主のバグパイプ奏者という特別な役職が存在します。この役職は、ヴィクトリア女王自身のバグパイプへの愛情から生まれたもので、その創立は1843年にさかのぼります。バグパイプの音を大いに気に入った女王が、王室内での演奏を正式に支援する形で設立されたのです。」
18.【呪いと栄光】
「『呪いと栄光』は、曲調にややスペイン系の要素を感じさせる楽曲です。カスタネットやタンバリンが使われ、振り付けにもフラメンコのような動きが見られるため、ジプシー音楽やロマ系の影響を感じさせます。」
特に、スペイン、イタリア、ポルトガルといった地域の音楽に見られる特徴が多く、ジプシーやロマの音楽の影響を感じることができます。これらの音楽は、フランス音楽にも大きな影響を与えてきました。特にフランスとスペインの音楽的交流が深いため、この曲に感じられるスペイン風の要素は、その歴史的背景を反映しているのかもしれません。
さらに、『呪いと栄光』には、カルメンに見られるような音楽的要素も含まれています。特にハバネラのリズムが似ており、これがカルメンの情熱的で妖艶なイメージを呼び起こさせます。ここでの音楽は、まるでカルメンのようにデオンの魅力と危険な側面を表現しているようにも感じられます。
「その後、デオン様の独り舞台として進行していきますが、面白いのは、ここでグレイがデオンに寄り添おうとする仕草を見せる点です。グレイは基本的に根が優しい性格で、同じゴーストとしてデオンに対して何かしらの思いを抱いているようにも見えます。その優しさが、このシーンに温かさをもたらしているのが魅力的です。」
19.【あなたが遠くて (リプライズ)】
『あなたが遠くて (リプライズ)』は、まるで失恋ソングの様に感じます。この曲は、エミリーの憧れの人物に追いつけなかったことと、アレックスの前へ進み続けるフローを諦めざるを得なかったという事実を表しながら似た者同士の切ない決別を歌っています。
二人が抱える失恋とも言える感情、憧れの人に手が届かなかった、そしてその愛が変わってしまったことを受け入れたからこそ二人が手と手を取り合っていく切ない曲に思えました。
20.裏切りの人生
『裏切りの人生』でのシャーロットとの出会いシーンでは、パブ音楽とケルト音楽が融合する独特な雰囲気が漂います。
音楽がどんどん盛り上がり、場面はアイリッシュダンスのリズムに乗って進行します。
ここでは、貴族的なダンスではなく、もっと庶民的な動きが強調されています。
まるで、映画タイタニックの船内で見られるダンスのように、自由で、エネルギッシュな踊りが展開されるんです。
「注目すべきは、このダンスの中でシャーロットが足を見せるシーンです。グレイの時代において、女性が足を見せることは、現代で言うところの裸を見せるに近いほどの不敬な行為だったのです。
しかし、シャーロットは元々身分の低い出自であった可能性が高く、そのため、少し荒々しい、自由な行動が目立ちます。
実際、周囲の人間たちはその行為に驚き、悲鳴を上げますが、酒場の雰囲気と相まって、みんな楽しんでいる様子が描かれています。
別れのシーンでのシャーロットが言う『おばかさんへ〜』というセリフには、ロミオとジュリエットからの引用が含まれています。シャーロットの言葉が反響して響き渡るのはシャーロットにとってグレイとの恋愛“ごっこ”は甘い夢の中であった事を示しているのかもしれません。
ポイント:【奇跡の夜に(リプライズ) - 声の表現と感情】
グレイが目覚めた時のそんな事するか!が可愛い訳ですが
フローの「夢ですね」が明確にわかってます感が出ていて繊細です
「そして、グレイが言う「勝手に死ぬな、もう少し寝てろ」のセリフ。これが本当に愛情に満ちた言葉で、彼女を守りたいという気持ちが込められています。尊さが詰まったこの瞬間は、何度でもリピートしたくなるほどです。」
走る雲を追いかけて(リプライズ)では一回目より終わりかけが暗く不穏な空気を出しているので
そこがこれからの展開をうまい具合に表現しています。
偽善者と呼ばれても
ここの四重奏は実にサントラを聞いてほしい。
かなり圧巻です。
『サムシングフォー(グレイリプライズ)』のシーンでは、音楽の細かい変化に注目したいところです
。青いものというフレーズの後、アレックスの時と同様にシャララSEが流れますが、アレックスの場合はその音が落ちるだけだったのに対して、グレイのシーンではその音が上に上がっていくように変化し、まるで空を目指すような音に変わっていて非常に繊細です。
ここで鐘の音が鳴ります。鐘の音は、一般的には信仰や聖域を象徴するものですが、ここでは魂の救済や成就を意味していると感じます。二人が結ばれる瞬間、鐘の音は彼らの魂的婚姻の象徴であり、物語の中での重要な転換点を示しています。音楽と音響の使い方がとても神秘的で、二人の心の結びつきを表していて非常に素晴らしいです。
22.不思議な絆(リプライズ)
【「お前の温もりいつでも感じてる」 - 死者との絆】
「『不思議な絆(リプライズ)』の中での『お前の温もりいつでも感じてる』というフレーズですが、この言葉が特に切ないのは、フローとのキスはフローとの最初で最後の触れ合いであったという点です。
この温もりを感じながら冒頭の奇跡の夜まで、その思い出を抱えながらゴーストとして存在し続けた事を想うと非常に心にくるものがありますよね。114年もの間、ほぼ孤独のまま存在したという事が浮き彫りになり、だからこそ観客である私たちの存在がいかにグレイにとって、そしてフローにとっての「美しい物語の結末」なのだと思わせてくれます、ボブの見た物語よりも素晴らしい物語です。
【劇場での演出 - グレイのラストシーン】
「そして、配信では見ることができなかった劇場ならではの演出についても触れておきたいと思います。実際に劇場では、グレイがそのシーンで扉から外へ出ていき、その姿をフローが見送ります。。これは現場での演出ならではの美しい瞬間で、観客として見られたことが本当に幸運だったと思います。
グレイが「劇場の外へ扉を開けて出た」という事がシアターゴーストとして成仏していき、舞台でフローはその姿を見守っていることでようやく二人は一緒になれたのだ、と解釈する事が出来るからです。
舞台上のライティングが非常に巧妙で、グレイが人間らしい仕草を見せた瞬間、オレンジ色のライトが彼に当たります。このライティングが、グレイの肌の色を人間のように見せる役割を果たしており、特に劇場でしか見る事の出来ない扉を開いて出ていく瞬間では外の光がオレンジ色で、グレイの姿がまるで人肌のように感じられるんです。
この細かい演出は本当に美しく、切なく、そして一生ものでした。これこそが舞台は出来るだけ生身で体感するべきであるというのを表す最大の瞬間かもしれません。
【まとめ】
(グレイが劇場を出ていくシーン)
(ナレーション)
「**『不思議な絆(リプライズ)』**は、その歌詞や演出、ライティングの使い方が非常に繊細で、グレイとフローの絆を深く感じさせてくれます。特に劇場での最後のシーンは、観客にとって忘れがたい瞬間となり、光と色が彼らの心のつながりをより一層際立たせています。」
【次回の公演】
(名古屋公演の告知)
(ナレーション)
「そして、来年の5月に名古屋で公演が予定されていますので、現地でその感動を直接感じてみたい方はぜひ足を運んでみてください。最高の舞台体験を再び楽しんでくださいね。」
この動画が面白かった人、語っても語りつくせないという方は是非コメント欄にてコメントしていってください。とても最高でした。ゴスレはいいぞ!!!