敗者の街 ― Cat's Panic ―

※この作品は、本編の時系列や雰囲気などを全て無視したギャグ作品になります。ご了承のうえご覧ください。

ㅤ久しぶりだね、サーラだよ。
 悪意や呪いが伝染する「敗者の街」にあたし達が迷い込んでしばらく経つけれど……気が付けば、また似たような空間に迷い込んでいた。
 何が起こるか身構えていたけど、今度の呪いはそこまで恐ろしくはない。なんてったって……

 猫耳と猫語が伝染する呪い。

 だからね。

「じゅうぶん怖いにゃん」

 レニーが足元でなんか言ってるが、怖いというより可愛いじゃないか。猫じゃらしを持ってきたいくらいだ。

「冷静に考えるにゃサーラ。今んところ伝染しにゃがったのは俺とレオとアドルフにゃ。見るにゃ、この地獄絵図」

 確かに、レニーが指さした先にいるのは筋肉モリモリのおっさん2人。もちろん猫耳が生えている。どう見ても可愛くはない。可愛くはないけど、面白い。

「アドルフ、なんか喋ってみな」
「……勘弁してくれにゃ」
「アドっさんかわいいにゃー!!」
「お前も黙れにゃ」

 ごついアラフォーがにゃんにゃん言ってる姿は不気味だが、つい写真に収めたいくらいにはいい絵面だ。後々まで笑える。

「似合わねぇにゃ! 猫に謝れにゃ!!!」

 向こうでおっさんどもにキレてるメガネ猫耳はロデリックか。

「安心しな、アンタも似合ってないよ」
「言うにゃ……自分でわかってるにゃ……」

 あたしの一言でロデリックは膝を抱えて落ち込んだ。
 もしかして、今んところおっさんしか猫になってないのかねぇ……。まだカミーユとかなら絵になるだろうけど……。

「にゃんで俺のことはちょっと見てスルーしたのにゃ」

 グリゴリーがなんか言ってるが、触ったら触ったで泣くだろこいつ。

「……うわぁ……どいつもこいつも気持ち悪い……」

 背後からぶつくさ言う声がする。
 振り返ると、亜麻色の毛並みの猫がいた。
 比喩じゃないよ。ガチの猫だ。言葉は他の奴らより人間だけど、身体は全部猫に変わってる。

「おいカミーユ。なんで全身猫になってんだにゃ」
「なんでかな。僕が知りたいんだけど」

 グリゴリーの言葉に、カミーユ(猫)はフリフリとしっぽを振る。
 どうやら猫感染は耳だけとは限らないらしい。カミーユのように全身が猫に変わる奴もいる……一体どういう呪いなんだいこれ。誰に得があるってんだ。

「特定の層には需要ありそうだにゃ……あと語尾がにゃんにゃんしすぎて、文面じゃ誰が誰の発言かさっぱりだにゃ」

 レニー、メタ発言は大概にしな。

「おそらく……男性にしか発動しない呪いでしょうねぇ」
「うぉおびっくりした!? いつの間にいたんだい……」
「うふふ、ずっと様子を見ていたのよぉ」

 背後に立ったローザが、余裕の笑みでカメラを構える。ピースするレオナルドに、逃げるアドルフ、全てを諦め立ち尽くすロデリックに、カミーユ(猫)を持ち上げて顔を隠すグリゴリー。レニーはちょっと慣れてきたのか決めポーズを撮っている、流石だよ。

「お兄様も見事に猫耳を生やしていたわぁ」
「見事に似合わないやつばっかり生えてるね……」
「そうかしら、あそこのブライアンなんか似合……あら……あれ、猫耳じゃないわねぇ……」
「うさ耳だね……」

 ブライアンは「?」と不思議そうな顔でこちらを振り返る。全身猫になったカミーユといい、バルビエ兄弟はどうやらちょっとズレているらしい。

「……男性、ってことは……」

 そう、気になるヤツらがいる。

「イオリ!! レヴィはどこだい!? アンタの力で探せるだろ!」

 ブライアンのうさ耳をモフってるイオリに話しかける。

「レヴィさんー? そこの草むら見てたよ」

 うさ耳と戯れながら、イオリはある一箇所を指さした。

「草むらだね! わかっ……た……よ……」

 そこには、猫耳を生やしたロナルドを仁王立ちで見下ろすレヴィがいた。どうやらロナルドは見つからないよう隠れていたらしく……レヴィが辱めるためにか、もしくは偶然見つけ出したんだろう。……それは、見事なまでに力関係が逆転した構図だった。
 心なしか、レヴィの口元が緩んでいる。

「あらぁ、レヴィには生えていないのねぇ」

 ローザの言葉に、ロナルドは小さく舌打ちをする。

「にゃるほど……男性じゃにゃいからか」

 ロナルドはあたし達の方もちらりと見、冷や汗を流しながらレヴィに語りかける。

「……何か、言ったらどうかにゃ。私を見下ろすだけでは、満足しにゃいだろう」

 フッ、と不敵な笑みを浮かべ、レヴィはそのまま踵を返す。じゅうぶん満足した……と言わんばかりの仕草だが……あたしにはわかる。
 こいつ、何か隠してる。

「レヴィ、ちょっと喋ってみな」
「……! …………」

 あたしが話しかけると、明らかに顔色が変わった。

「喋 っ て み な」

 詰め寄ると、身振り手振りで抵抗を始める。
 ……間違いない。こいつ、既に感染してる……!

「グリゴリーが治し方を開発中らしいよ」
「にゃにッ……」

 はっ、と口を噤んだ時には遅い。

「にゃ、にゃにも聞かにゃかったことに……しろ、にゃ……」

 冷や汗をダラダラ流し、レヴィは再び沈黙した。
 大丈夫だよ。聞きたいことはもう全部聞いた。ロナルドもざまあみろとばかりにほくそ笑んでいる。まあ、あっちはガッツリ猫耳生えてるけど。
 ……と、その時。突然、ロバートが血相を変えて走ってきた。

「大変だにゃ……! ロー兄さんが……!」

 ロバートにも猫耳が生えて猫語だけど……まあ、こいつはね。違和感ないね。
 ローランドも違和感ないだろうし……特に面白みがあるとは思えない。

「猫に内臓持ってかれたにゃ!!」

 怖っ!? なんで一人だけホラーなんだい!?

「大袈裟だよロブ……」

 そんなことを言いつつ現れたのは、猫に群がられたローランドだった。聞く限り、口調は無事だ。

「内臓は持ってかれてないよ」

 苦笑しつつ、なんか指先に白いものを持っている。

「あ、こら、また……。後でちゃんと返せよ」

 猫が奪い取って弄んでる白い物体、それ……言いにくいけど……

「肋骨で猫と戯れんじゃないよ!?」
「モツも欲しがられたんだけど、さすがに死んじゃうから……」
「どこから突っ込めばいいんだい!?」

 っていうかその猫達もどこから現れたんだい!?
 ロデリックが目を輝かせているので、ローランドは兄貴分らしく(?)一匹差し出した。

「ほら、ロッド。猫好きだろ」
「さ、さすが……好かれてんだにゃ……」
「うーん……服の中から湧いてきたんだけど……好かれてるのかな、これ」

 どんなシステムだよ!? 一体どこから猫を召喚してんだこいつは!?

「……この猫、まさか……分身……?」

 ゴクリと息を飲み抱きかかえるロデリック。
 ローランドは小首を傾げ、見守っている。

「…………ほんとに…………分身なのかにゃ…………」

 そのままロデリックは猫をガン見する。
 奴が何を考えてるのか、あたしには分からないが……仕組みが気になるってんならよく分かる。理屈がどうなってるのかあたしも知りたい。

「しかし……一体どういう基準だろうにゃ。サーラはどう思うにゃ?」

 キースが聞いてくる。

「アンタ、いつの間に隣にいたんだい」

 あたしが聞き返すと、キースは「細かいことは気にしなくていいにゃ」とか言ってくる。
 そんなこと言われたって、いつの間にか「相方」みたいな顔で隣に立たれりゃ誰だって気になるだろ。

「……って、アンタもやられてたんだね……」

 何だかもう、おっさんの猫耳も見慣れてきたよ。似合ってるような気すらしてくる。

「アドルフより僕のが似合ってるにゃ」

 張り合うのはアドルフでいいのかい?
 そりゃ、あのやたらとデカい上に隻腕の男に比べたら、173cmのアンタは可愛いもんさ。ロバートと並んで似合ってるうちに入るよ。それは認める。

「似合っちまった方が面白くないけどね」
「……!!!」

 あたしの言葉にキースは固まった。冷や汗をかきつつアドルフの方に視線を送っているが、突然助け舟を求められたアドルフの方も「えっ、にゃんすか」とか言いつつ固まっている。

「そーそー。オレはカッコイイ上にかわいくなって、よけいに強くなっちまったにゃ」
「てめぇはどう見てもおもしろ要員だにゃ」

 レオナルドとレニーは楽しそうに漫才中。仲良いね、こいつら。

「サーラに振り向いてもらうにはどうすればいいにゃ、アドルフ、知恵を貸すにゃ!」
「……いい加減諦めろにゃ……」

 キースとアドルフが何やらにゃんにゃん言い争ってるが、無視だ無視。
 しっかし、原因がわからない上に状況がカオスすぎる。いったいどうしたもんかねぇ……。

「ワタシにはわかります。これも神の思し召しなのです」

 エリザベスがグリゴリーやブライアンの前で説いてるが、ほんとにそれでいいのかい。アンタの信じる神がおっさんに猫耳生やすのってアリなのかい。っていうか、そもそもアンタは神を一体なんだと思ってるんだ。

「ですから、祈りなさい。さすれば救われましょう」
「祈ったら猫耳取れるんだよにゃ!?」

 グリゴリーが必死の形相で叫ぶ。
 エリザベス、弱みにつけ込んでカルトに勧誘すんのはやめな。

「にゃー、にゃー……にゃにゃー……」

 どうやらブライアンはうさ耳を生やしているくせに猫語しか喋れなくなってるらしい。どういうことなんだ。

「ブライアンは可愛いって言ってるよ」

 カミーユはブライアンの言葉がわかるらしい。兄だからなのか、それとも全身が猫だからなのかは分からない。

「……ブライアンは優しいからにゃ……。…………いや、でも、もしかして今の俺って」
「ごめん、僕の美意識的にはちょっとナシかな」
「化け物って言うにゃ!!!!! 傷付くだろ!!!!」
「言ってないし」

 亜麻色の猫に話しかける猫耳の……いや、これ以上はやめておくよ。あたしだって鬼じゃない。傷ついてるやつのことをこれ以上追い詰めたりするもんか。

「わかんないにゃあ……にゃにが原因なんだろうにゃ……」

 ロバートが考え込む。レヴィが何か言おうとして、口をつぐむ。
 そうだね、にゃん語聞かれるのは恥ずかしいね。ロバートはもう開き直ってるけど。

「……サワか……レニーさんか……その辺が怪しく思えるにゃッ……。……失礼。あ、怪しいのではにゃいか……。ぐぅう……」

 腕を組みつつどうにか普通に喋ろうと頑張ってるけど、にゃん語の呪いからは逃れられていない。猫耳が生えてなくてまだマシだったのか、いっそ猫耳生えてた方が良かったのか……

「ロジャーはどこかしらぁ。こういうの、結構楽しみそうな気がするのだけれど……」

 ローザは猫じゃらしを準備しつつ、あたりを見回している。スタンバイ完了ってか。

「ロジャー兄さん、呼ばれてるよ」

 ローランドが一匹の猫に話しかけている。ま、まさか、カミーユと同じようにロジャーも全身猫に……!?

「にゃあー、にゃーにゃ、にゃにゃにゃ、にゃー!」

 茶色の毛並みの猫はサファイアブルーの目を輝かせ、鳴いた。
 ちょっと待ちな、全身どころか、全てにおいて猫じゃないか。流石にロナルドも二度見してるけど、何もかもが完璧に猫だ。

「この毛並み……この顔つき……確かにロジャーだわ……」

 なんで分かるんだいローザ。
 猫じゃらしを顔の前でフリフリされ、ロジャー(猫)は素早く房の方にタッチする。

「にゃあ! にゃあにゃー!」
「あらぁ、すっかり可愛くなってしまったのねぇロジャー。いえ、以前から可愛らしかったかしらぁ」

 ロジャー(猫)が何言ってんのか全然わかんないけど、楽しそうなのはわかった。
 ローランドはロジャー(猫)を抱えたまま、いつものようにニコニコ笑っている。頭と肩にめっちゃ猫が乗ってるけど、重くないのかねぇ。
 ロデリックはちょっと離れたところで猫に埋もれて幸せそうに倒れている。
 ……間違って永眠してなきゃいいけど。

「あっ、ロジャー兄さん……ロー兄さんの分まで猫要素を取り入れたのかにゃ……? ま、まさかにゃ……」

 ロバートが考察を述べる。やっぱり語尾のにゃんはもう気にならないらしい。
 ほんとにどういう理屈だよ。一体誰がどんな理由でこんな呪いを仕掛けたってんだ。……っていうか、これ、そもそも呪いなのかい……?

「イオリ、どう思うにゃ」

 もはや諦めたのか、レヴィも語尾のにゃんを隠さなくなった。

「いおさぁ、四礼が男の子なのか女の子なのか知りたかったんだよねー」
 
 イオリはスマホを弄りながら語る。
 ……ん? この流れはまさか……。

『こいつ、ぼくにだけ変な術をかけようとして間違えたんだにゃ!』

 イオリの頭にぴょこっと耳が生え、別人の声音が話し出す。

「…………ってことで、ごめーん。一日だけ我慢よろ!」

 すぐに猫耳は引っ込み、イオリはまた自分の声で話し出した。
 周りは相変わらず混乱していて騒がしい。イオリの自白を聞いてたのもレヴィとロバートと、あたしぐらいだろう。
 ……こいつ、言うタイミングと相手が上手い。

「…………僕らだけの秘密にしとくにゃ?」
「俺はそれで構わにゃい。放っておけば収まるらしいしにゃ」
「レヴィくん、喋り方かわいいにゃ」
「……お前が言うにゃ」

 案の定二人は呆れるだけで、それ以上怒りもしなければ誰かに話す素振りもない。
 もちろん、あたしもそうだ。面白いもんが見れたし、こっちには特に迷惑かかってないしね。

「……そろそろマタタビでも使うかにゃ」
「にゃあっ!?」
「なんつーこと考え出すんだにゃこの変態!」
「誰が何言ってるのかマジでわかんねぇにゃ……」
「重低音多めのにゃんにゃんホント気持ち悪い。ブライアンしか可愛くない」
「にゃ、にゃにゃー……にゃあん……」
「また写メ撮るにゃ写メ!!!」
「僕は似合ってるはずにゃ」
「勘違いすんにゃ、俺が一番似合ってるにゃ。美少年の猫耳に勝てるかにゃ?」
「猫に埋もれる夢が……叶ったにゃ……」
「たぶんまだ出せるけど……どうしようかな」
「あらぁ、どこから出てるか分からないならやめときなさいな」
「信じるのです、救いの道が開かれる時も近いでしょう」
「いやあ、カミーユの身体に憑依する場所が足りなくて困ったね。ローランドが出した猫をちょっと借りるよ! ちなみに聞いてくれ、ボクとしてはノエルもにゃんにゃん言い出すか気になったんだけど、グリゴリーやアドルフを見た瞬間失神したのか何一つ喋らなくなってしまった! 魂の状態でも失神するなんてことが有り得るんだね。いやはや、昇天してないかちょっと心配だ! モナミくんも猫にくわえられてどっかに連れられて……あれ、もしかして誰も聞いてない? 参ったね、じゃあそこのお嬢さんでいいから聞いてくれないか。同じ日本人どうし仲良くしようじゃないか!」
「イオリ……変な人が話しかけてくるよ……助けて……イオリ……」

 しばらくこのままの方が、平和でいいしね。……なんて思ってたら、一匹の子猫が足元にすがりついてきた。

「姉貴!! おれまで猫になっちまったにゃ! どうしたらいいにゃ……!?」

 こいつが泣きついてくるなんて、懐かしいこともあったもんだ。
 呪いってのも、悪いことばかりじゃないね。

「しばらくそのままでいな。いっぱい撫でてやる」

 猫の姿なら、思う存分可愛がったっておかしくないだろ。
 アンジェロおとうとはしばらく文句を言っていたが、やがて、観念したようにあたしの手にすり寄った。

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