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刹那的に過ごし反骨精神を宿していた20世紀末のギャルマインド

 連載「1995年からの現在知」の第6回から第8回は鈴木涼美、ゆうちゃみ、みりちゃむの各氏にギャルマインドについて尋ねる内容だった。本物のギャルに学びマインドは継承しているというゆうちゃみさんと、マインドギャルとギャルは別物と明言する相伝のギャルであるみりちゃむさんの、好対照な当事者意識は面白い。

 ギャルは、男性がセックスの対象をまなざす言葉から、90年代に女性が自称する言葉に変容していったらしい。鈴木さんによると、二十世紀末のギャルは可愛いものや楽しいものを無思想に選んでいたら、もとは男性の視線におもねるファッションアイテムから「性的な意味合いが脱色され、女による女のためのものになっていった」という。

 みりちゃむさんは平成のギャルは令和のギャルのように孤立しておらず、群れてパワフルだったのではないかと考察している。鈴木さんは当時のギャルの反骨的でネガティブなエネルギーを、「逆切れ的な明るさ」と形容する。ノストラダムスの大予言とバブル崩壊後の不景気を背景に、SNSのない世紀末の渋谷に集うギャルに刹那的なエネルギーに溢れていた様子は、この連載の第2回でドラマ「95」の原作者である早見和真さんも同様に語っている。


 以前にも下記の記事で言及したが、ブルセラを慣わしとしていた若き日の鈴木さんの当事者表象は、書籍『私の身体を生きる』に見ることができる。


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