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寺田鉄平個展『黄色の逆襲』 / 作家インタビュー

白白庵では四回目となる寺田鉄平個展。2020年の開催時には、伝統の「瀬戸黒」に対するカウンターとして「瀬戸白」を発表。瀬戸のルーツと密接に繋がる自身のアイデンティティを探求する寺田鉄平が、今展覧会では独自の「黄瀬戸」に挑みます。
展覧会開催前、最終盤の制作追い込み中に収録したインタビューをどうぞお楽しみください。




――今回は五十代を迎えられての初個展です。おめでとうございます。五十代の抱負をお聞かせください。

これまでの歩みを振り返ると、芸事や修行で言われる「守破離」の「守」をやってきたように思います。五十代を迎えた今、ここからは「破」に入って行く時期です。これまで蓄えてきたものや勉強してきたことを、自分なりに発展させていく時期に来たんじゃないかと感じています。


寺田鉄平『灰被窯変織部茶盌』


――これまでも、特に織部の作品には大胆なアプローチがありましたが、一層「破」を目指していくんですね。

もちろん今までも「破」の要素がなかったわけではないんですが、これからはもっとわかりやすくアプローチを広げていけるのではないかと思ってます。
まさに織部の部分に関しては、かなり攻めたことをしておりマニアックな方には通じるけれども、少し伝わりにくいことをしているとも感じていました。ここからはもっとわかりやすいアクションとしての「破」にしていきたいですね。
ただし、具体的な技法というよりは、ものづくりに対する姿勢や作家としての在り方みたいなものをまずは変えて行きたいと思っています。その意味での「破」です。



寺田鉄平『黄瀬戸茶盌』

――そんな五十代一発目の新シリーズとして、今回は「黄瀬戸」を発表されます。

これも自分の作家としての在り方における変化があってこそです。これまで「織部」を自分の中心に据えてやってきました。それが一番楽しいことで、黄瀬戸には少し距離をおいていたんです。
黄瀬戸という焼き物は、心血注いで文字通り命をかけた方々が、非常に高いレベルでの作品を発表されています。そこに自分が付け焼き刃で乗り込んでいくのも申し訳ないような気持ちもあったんです。ただ、織部作家であることを軸にもうちょっと楽に考えてみようかな、と思いました。

灰釉だとか瀬戸の古いものが好きで、これまではそれを基礎に制作してきました。ひとつ掘り下げてみると、六古窯の中では瀬戸が最も早く灰釉の陶器を作り始めています。日本で一番古い釉薬が灰釉で、そこに瀬戸のルーツやアイデンティティもあるように思います。特に古瀬戸の瓶子にはそれを強く感じます。
そして原始的な灰釉というのは、やはり灰が被ってできる自然釉なんだな、ということは自分自身でも穴窯をやりながら感じるところです。
そう突き詰めると、やはり灰と粘土が基本なんです。そこに使いやすさや加工のしやすさを求めて長石が加わったり、色に変化を持たせるために鉄や銅が添加されていく。

黄瀬戸も基本はやはり同じく灰釉であると捉えています。原始的な灰釉から、粘土の要素を強くして発展したような、黄瀬戸の歴史における「if」のラインを自分で考えてやってみたんです。それが今回の「黄瀬戸」です。


寺田鉄平『黄瀬戸福字輪花鉢』


――そのように伺うと、寺田さんの織部でのアプローチの延長、あるいはその置き換えが今回の「黄瀬戸」なんですね。

そうですね。いつも何か新しいことをしようと思った時には、必ず古いものを調べるんです。より古いところから自分のしっくりくる面白い文脈を拾ってきて形にする作業をしています。今回の「黄瀬戸」は、黄瀬戸だけを手本にせず、灰釉からもう一回発展させてみたんです。原料も自分がいつも使っている瀬戸の粘土と織部でも使ってる土灰です。黄瀬戸でスタンダードな材料とされる樫灰と栗皮灰とかじゃなくて、織部の粘土と織部に使う灰釉を混ぜて作った黄瀬戸なんですよ。

――凄い!ロマンがあって興奮します。

黄瀬戸は昨年の夏くらいから作り続けているんですけど、感覚としてはすぐにストンと入ってきましたね。作家の仕事と並行して工房の数物の仕事もしていますが、数仕事が忙しかった影響で、最近は作家としての仕事が硬くなってるな、という感じがあったんです。
そうすると逆に、黄瀬戸の上品な形としてはしっくりくるところもありました。黄瀬戸の凛としたところと、織部で意識するゆるい部分が混ざり合ったような独特の「黄瀬戸」ができたという実感があります。


――なるほど。数物を作ってるときの身体感覚と黄瀬戸に求められる雰囲気がぴったりとハマるタイミングだったんですね。

本当にいい感じだな、と。ただここから先、黄瀬戸を続けるならもっと織部的な黄瀬戸を目指したいですね。せっかく自分なりの織部をベースにした黄瀬戸なので、もっと色々崩していっても面白いのかなと思ってます。


寺田鉄平『黄瀬戸茶盌』(部分)

――今回の黄瀬戸も既に織部っぽい黄瀬戸だな、と感じています。例えば、黄瀬戸のお約束事をデフォルメして見せているような感じもあります。コゲや抜けタンパン、いわゆる「油揚手」とは少し異なる釉調の部分です。その印象は寺田さんの織部に通じる感覚があります。昨年の個展タイトルにもあった、織部のDeformationの延長上にある「黄瀬戸」。

言われてしっくりきました。そういう感じですね。
繰り返しになりますが一般的な黄瀬戸のアプローチとは違う「黄瀬戸」なんです。またマニアックなことを言えば、加藤唐九郎が「違う」と言った「黄色い釉薬の黄瀬戸」を作ろうと思ったんです笑 それは本来の黄瀬戸ではない笑
だから本当は「黄瀬戸」っていう言葉を使うかどうかすらすごく迷ったんですよ。例えば「黄瀬戸」を「黄瀬土」と書こうかなとか。ただそうすると僕の思いが先行してしまって、作品そのものが伝わりにくくなってしまうので、まぁいいやと。

――先ほどの「守」の部分にも繋がりますが、やはり寺田さんのお仕事は灰釉という基礎があってこそのバリエーションで、そもそも黄瀬戸も土と灰の反応です。つまり、今までのアプローチでそのまま「黄瀬戸っぽい黄瀬戸」にいけるところをあえて「if」の文脈で黄色い釉薬を作り「黄瀬戸」にしていらっしゃる。これはマニアックながら非常にコンテンポラリーなアプローチであると感じます。

ありがとうございます。やっぱりそういう風でありたいなと思ってます。新しい造形とかだけじゃなくても「現代陶芸」は表現できるな、と僕は考えているんです。歴史に対する「if」のアプローチをすることで、これまでにないものを作っていることが伝われば嬉しいですね。



寺田鉄平『黄瀬戸ぐい呑』

――手触りも面白いです。土と釉薬が溶け合って一体化してるような。


釉薬の中にもベースになってる土が多めに入ってるんです。そこにさらに黄土を入れてるんですけど。その黄土は鳴海織部に使う土ですね。あれを使うことで鉄分をちょっと添加してます。瀬戸の、いつも織部で使ってる粘土に鳴海織部の黄土を足して、灰を使って黄瀬戸を表現している。瀬戸の粘土とか素材という意味ではこだわった部分になるかな、と。

――徹底して寺田鉄平方程式の「黄瀬戸」なんですね。

やるからには僕の仕事の文脈にちゃんと乗せたかったんです。そういう意味では自分でも納得できるものになったな、と。
いわゆる「黄瀬戸」としてどうかということはご覧になる皆さんに委ねたいと思ってるんです。僕自身が目標とするゴールにはまだ到達していませんが、現時点で形になってる部分では手応えを感じています。


寺田鉄平『黄瀬戸湯呑』

――焼き方も普段とは異なるアプローチでしょうか?

すごくじっくり焼きますね。具体的な時間は言いにくいんですが、最後の焼き上げる部分が大事なんです。織部だとさっと焼いて早く冷ますんですけど。黄瀬戸はゆっくり上げていって、最後冷ます時にしっかり時間をかけます。温度帯を高いところでキープしながら下げていく。これが特に大事です。なので織部と正反対の焼き方です。比較すると高温帯をキープする時間は四〜五倍くらいですね。

――触れてみると、じんわり火が通ってる感じが土から伝わります。

釉薬の粘土分が多いので温度も少し高くしているんですよ。織部とは十度くらいの違いではあるんですけど。


寺田鉄平『黄瀬戸輪花段皿』


――茶盌だけでなくお皿類も充実しています。段皿は一枚一枚コゲの出方がバリエーション豊かです。

実は『黄瀬戸段皿』でコゲの強いものは夏に薪窯でテストしたものです。他の黄瀬戸は電気窯です。電気窯だと長い時間をかけた精密なコントロールがしやすいんです。

この焼成で使った薪窯は三重県の尾鷲にあるものです。下段が穴窯になっていて、還元をかけて焼くんですが、窯の下の方はちょっと酸化するんです。三日間かけて焚くので、奥の方はじっくり温度が上がり、火に近い所は高い温度がキープされて、灰もばーっとかかる。その構造を利用して手前で織部を焼き、奥の下の方で黄瀬戸を焼いてみました。今回の織部で灰がよくかかってるものは穴窯で焼いてきたものですね。その下の方で黄瀬戸を焼いたら、なかなか荒びれた表情で面白く仕上がりました。


寺田鉄平『黄瀬戸ぐい呑』


――ぐい呑もそれぞれに表情豊かですので、皆さんにお手に取っていただいて、どんどん育てて欲しいですね。ちなみに今届いてる他にも黄瀬戸作品のバリエーションはご用意されているんですか?


他には湯呑と飯碗、小皿も出品予定です。黄瀬戸の飯碗ってあまり見ないでしょ?なかなかいい感じにできましたよ。

『黄瀬戸茶盌』の追加は焼きが今のところ不調のものもあるので、確約はできませんがギリギリまで粘ります。まずDMの茶盌は自分の黄瀬戸になってくれた感覚がありますし、こうしてギリギリまでせめていくのも楽しいですね笑




寺田鉄平『灰被窯変織部茶盌』(部分)

――続きまして織部の話を。今回の窯変織部も、結晶と言いますか強く焼成の反応が見られるものがあります。

これが黄瀬戸と一緒に穴窯で焼いたものですね。
窯変の織部に関してはいつも、窯のいろんな場所に茶盌をおいて、面白い焼き上がりになったものをそこから拾っていくんですよ。どっちかっていうと漁とか農業みたいな、自然のものを収穫する感じの・・・笑
もちろん自分の意志も介在していて「こういうものを作ってやろう」と意図して焼くんですけど。なかなか思い通りにはいかないですね。
今回は「よっしゃよっしゃ豊作豊作!」という感じでした。


寺田鉄平『窯変織部茶盌』


――DMの茶盌もいろんな表情が出てます。掌で回すと豊かで面白いですよね。豊作というとぐい呑も大収穫です。

結構いいのが取れましたね。ある程度狙って焼いてみて、それがたまたまうまくいったと言いますか。同じ場所に置いたからといって別のタイミングだと全然違ってたりしますので、うまくいかないことも多いんです。だからいつもたくさんタネを撒いて収穫に臨む感じですね。今回は大豊作でした笑



寺田鉄平『窯変織部ぐい呑』



寺田鉄平『織部黒赭彩茶盌』


――近年取り組まれている「赭彩(そうさい)」では、今まで瀬戸黒が中心でしたが、今回は織部黒も発表されます。

赤のラインがシャープに入るには、最初は瀬戸黒の形が一番いいな、と思っていたんです。
端正なところにピッと入った方が合うな、という感覚だったんですが、最近はちょっと形を歪めたところに入ってきてもいい感じにできるようになってきました。他にも、赤を梅花皮の中にねじ込んで顔を覗かせているようなものも作っています。


寺田鉄平『鉄釉花器』

――古瀬戸風の花器も素晴らしいです。釉薬の溶け方と流れ方と焼き具合のグラデーションが本当に見てて楽しいです。

これも同じ穴窯で焼いたものです。繰り返しになりますが、鉄釉や灰釉が瀬戸の焼き物のベースであると捉えています。形状に関しても自分が好きな瓶子の膨らみをいつも意識しています。その花器に関しても瓶子の頭と足元の部分がないような感じをイメージして作った形ですね。

――グッと膨らんだ肩のシルエットからも古瀬戸っぽさが見えてきます。これも古典っぽく見せて実はコンテンポラリーという、わかりづらいところをついていますよね。

そうですね笑

――この作品も含め、「灰と土」がベースになって全ての作品が繋がることで、寺田鉄平という作家の視点が強く感じられるラインナップだな、と思います。最後に一言お願いいたします。

五十代に入って、やっぱりまずは意識を変えていかないといけないな、と感じるんです。今までは「作家性」みたいなものは後からついてきてくれればいいな、と思っていたのですが。これからはそれをもっと前に出していけるようにしたい。今回はその第一歩の展覧会にしていきたいですね。まだまだ全然そのレベルまで到達しておらず、「守破離」の「守」から抜け出せてないませんが、これまでの「破」を感じとってくださっている方もいらっしゃいますし、自分の作品をコンテンポラリーなものとして見ていただくために、もっとわかりやすい形にしていけたらなと思います。



寺田鉄平『黄瀬戸茶盌』



南青山・白白庵 企画
陶芸・寺田 鉄平 展

『黄色の逆襲』

会期:2025年2月1日(土)〜9日(日)
*会期中の木曜定休
時間:午前11時~午後7時
会場:白白庵


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