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酒井龍一個展『何処かのユートピア』 /

現在は岡山県・牛窓にて制作する画家・酒井龍一。
この場所での個展は白白庵の前身「neutron tokyo」以来、12年ぶりです。
日本画家を志したきっかけから最新作に至るまで、現実と非現実が交錯する独自の画風についてお話をいただきました。どうぞお楽しみください。


『何処かのユートピア』会場風景


――インタビューでは初登場となりますので、まず日本画に興味を持ったきっかけからお聞かせください。

美術コースのある高校に通っていた頃、二年生までは油画をやっていたんですが、三年の時に日本美術院に所属している方が教員で来られたんです。今もお付き合いのある西岡一義先生という方です。これがまずひとつのきっかけ。
そして同じくらいのタイミングで、地元の美術館で、近現代の日本画の大作が並ぶ展覧会があったんですよ。もちろんそれまでも、いろんな美術館で日本画を目にはしていたんですけれども、ちゃんと注目していなかった。その時に感じた西洋画とのアプローチの違いが新鮮でしっくりきたんです。西洋画の陰影や立体表現と全然違った。川端龍子『香炉峰』の、戦闘機が透けて向こう側に山が見えている表現にも驚き、他にも精神的なイメージや心象風景を描く作品が多くて面白かったんです。それで日本画を始めました。

――そして、大学では日本画を専攻されたんですね。

ちょうどできたばかりの尾道市立大学のパンフレットを、画材屋さんでたまたま見つけたんです。日本美術院の先生が多くいらしていて、新しい学校の方が親身に教えてもらえるんじゃないかな、と思って受験したんですよ。
開校してからの二期生だったので、先生方との距離も近く、新しい大学ならではの熱気があったので結果的に良かったですね。


――菱田賢治(陶胎漆器・蒔絵 / 静岡)さんも先生としていらしたそうですね。

デザインの授業を担当されてて、受講していました。当時はヒッシーって呼んでましたけどね。飲みに連れて行って頂いたり、菱田先生にもお世話になりました。学生の頃は日本画の研究室よりは油画の、主に現代美術の先生がいる研究室に入り浸っていましたが、隙あらば日本画の先生の部屋でお話を伺ったり、制作の様子を覗いていました。
自分たちのペースでゆっくりやってる感じが自分には合っていましたね。


『何処かのユートピア』会場風景

――neutronとのお付き合いはどのようなきっかけでしたか?

尾道市立大学の大学院を出てから、オランダに留学しようかと計画していたんですが、その頃にneutronのHPを見て作品写真かポートフォリオを送ったのがきっかけでした。

――その後、2010年がneutron tokyoでの最初の個展ですね。

neutronでの活動は東京がメインでした。京都では個展をしていないですよ。ギャラリーでの仕事も始まり、オランダに行っても画材手に入りにくいだろうし、語学学校にもしばらく現地で行かなければならないということもあり、留学はもういいか、と。留学やそれにまつわる諸々の準備を、なんだか回り道のように感じてしまって、その頃はもう、早く絵を描きたかったんです。そこから企画展も多く参加させてもらって、neutron tokyoでの個展も何度か開催しました。この場所での個展は12年ぶりですね。

――当時はneutron所属作家として活動されていましたが、neutronから白白庵に移行するタイミングで契約解除、酒井さんもフリーになります。その後の歩みについてお聞かせください。


neutronを離れた後も働きながら絵を描いてたんですけど、全く筆が進まない時期もあったんです。neutronのイメージから脱却しようという気持ちもありつつ、芯を見失ってたんですね。それでも「やっぱり自分は絵を描かないとダメなんだ、ちゃんと軸を持とう」と思い至ったんです。そこで再出発の意味も込めて日本美術院の院展に出そうかな、と考えたんです。

最初に日本画に興味を持ったのも院展所属の先生に出会ったのがきっかけでしたし、そこに出展するつもりで大学にも進んだ。ところが、当時は「そんな早くから出すもんじゃない」と言われたり、団体展への勝手なイメージで堅苦しいと嫌になっていたんです。

それで、師事している先生方に相談したら「出すならずっと出し続けなさい」と言われました。そこから今もできる限り続いています。


『何処かのユートピア』会場風景

――院展に参加されることで道が拓けたんですね。

美術団体というと難しそうなイメージもあると思いますが、日本美術院では変なしがらみは全くなくて、本人次第でありつつ、日本画を後世に残すために、上の世代の方が若い世代の面倒をみたり、日本画を芸術として高みに持っていくための研究を一緒に行う場でもあります。
最近は僕も岡山県内で日本画を教えるワークショップに講師として一緒に参加させて頂いています。


『何処かのユートピア』会場風景

――それでは今展覧会の出展作品についてのお話に移ります。全体のテーマについてお聞かせください。

まず、単純に良い絵とか面白い絵を描きたいと思ってるんですよ。それをいかに描くか。どうやって良くするか。それが一番なんです。だからモチーフにこれという縛りはなく、描きたいものを描いてる感じです。
何かしらそのモチーフを描こうかと思った時には、どこかで観たイメージとか記憶に引っかかってるんだと思います。
その中で、今回のテーマ「ユートピア」は作品のタイトルにも使っています。コロナ以降に人と会わず家に籠ることも多くなって、いろんなイメージとか情報は流れてくる。そういうのがどんどん蓄積して自分の中での物語とか、こういうところに行ってみたい、こういう景色をみてみたいというイメージや欲求が湧いてきて、それを描いているんです。

『渓山瀧図』は2017年の院展に出品したものです。当時は他のギャラリーの方に「酒井君はneutronの色が強くてやりにくい。」と言われた時期もあったんです。今思えばそんなのは気にせず、僕自身が強くあれば良かったんですけど。それで院展の方に踏み切る覚悟を決めて描いたのがこの作品でした。リスタートの作品で、好きなことをやって、再出発の絵。今回の展覧会に必要な絵だなと思って出品しました。


酒井龍一『渓山瀧図』

――こちらがターニングポイントになった作品なんですね。技術的な部分をお伺いしたいです。

このシリーズに関しては勝手に手が動いている感じです。画面に偶然できる色とかシミを利用して、見えてきた風景を描いていくんです。布の上に単色の絵の具を塗ったり、銀箔を貼って硫黄で焼いたりする。そうしてできた起伏や形、色をじっと眺めて、端から線で繋いで埋めていくんですよ。

――偶発的な景色を繋いでいくんですね。

小学生の頃、テストが終わるとすぐプリントを裏返してずっと迷路を描いてたんですよね。子どもの頃こんなことしてたなって描きながらふと思い出して。あれに近いんですよね。
今でも同じようにやってるだけです。飽きもせずプリントの裏に脳味噌みたいな迷路を描いてたあの感じ。こういうことがそもそも好きなんですね。


酒井龍一『渓山瀧図』部分



――自動筆記的な動きから始まり、結果としては山水画的な画面になっています。

みちみちと描き続けて結果的にそうなってる感じですね。
できる線を繋ぐことで見えてきた風景があって、描き進めるともやが晴れてきて、自分は今この辺を歩いてる感じだな、とか思いながら描いてます。ここから眺めたら、あっちはこんな感じなのかな、とか。そうやって描いてる時は楽しいですね。


酒井龍一『渓山瀧図』部分

――他の作品シリーズにも共通しますけれども、より大きな風景があって、その一部を切り取って窓から眺めてるような感覚があります。壁が向こう側と繋がっていくイメージで、お茶室にかけるのも楽しいです。

そうなんですね。それは凄い。窓っていう表現は良いですね。
ユートピアのシリーズを描く時には小さい自分がこの中に入り込んだり、外から俯瞰したりを繰り返して、見たいと思い描いた風景を作っていくんです。

――『何処かのユートピア』を象徴するお話ですね。続いて『白い跡』について。


酒井龍一『白い跡』

これは去年描いた作品ですね。僕のお師匠さんで、尾道市立大学でもお世話になった今井珠泉先生が昨年亡くなられたんですよ。院展で奨励賞を頂いた時の報告でも喜んでくださって、久しぶりにお会いしたいと思ってた矢先で、凄くショックだったんです。今でも大学の時に言われたことが糧になってますし、その時には分からなかったけど、この歳になって理解することもあります。
ちょうどその頃に、この絵のモチーフになった場所へ取材に行ったんですよ。


酒井龍一『白い跡』部分



「神子畑選鉱所跡」と言って、兵庫県の山中、人里離れたところにポツンとあって。かつては東洋一の選鉱施設で不夜城と言われていたらしいんですね。歴史的遺産としてこの施設も残されているんですが、目の前にしたら強い念というか存在そのものを強く感じたんです。そこで何となく今井先生を思い出したんです。ドーンと居続けるというか、建物が朽ちても存在感だけが残っている。そんなイメージが重なって描いたんですけど、それは個人的な話ですし、そもそもこういうモチーフが好きというのもあります。
そこにあり続ける強さとかこびりつく記憶に惹かれる部分があるんです。

――描かれたものはそのままの姿ではなく、酒井さんの記憶やイメージや体の動きと反応した別の何かかもしれないし、見る人によってはまた更に異なる何かと繋がって反応していく、ということでしょうか。

そうですね。人によっては全然別物に映るかもしれない。


酒井龍一『白い跡』部分

――今こうしてお話を伺って、地元の採掘場の風景を思い出して、自分の記憶と直接繋がったことで絵の見方が変わった感じがします。こういう体験は楽しいですね。

いろんな人の何かにそんな風に繋がってくれたら面白いですよね。ふとした時に「あの時にあれを見て感じた匂いみたいだな」とかあるじゃないですか。そういう感覚に結びついて記憶に残る作品が作れたら良いな、と思ってます。

細長い壁の絵もそうしたことを強く意識しました。

――『虚空』ですね。


酒井龍一『虚空』


これは今年描いたんです。何年か前に大分に行った時のスケッチを元にして描いたので、描こうと思ってからしばらく時間が経ってる。何かの取材の時に場所を聞かれ、調べたら「豊後森機関庫公園」というところで、映画『雀の戸締り』に出てくる何かに似ているということで聖地化されている場所のようです。実際にここがモデルになってるらしいんですけど。意図せず被りましたね笑


酒井龍一『或る扉』

――『或る扉』も強く、異様な印象があります。

これは義理の父が経営する会社の倉庫になってた場所の扉なんですけど、今もうないんですよね。描いた一ヶ月後くらいになくなったはずです。描いたらなくなるものも結構多いので、絵画にしかできないことについては意識的に取り組んでいます。見たそのままじゃなくてイメージを強くして描く。それは絵にしかできないし良さだと思うんです。こういうイメージを描いて、誰かの何処かで見たイメージと紐づいて、鑑賞者の中の何かに繋がっていくことが大事です。
僕も記憶の中に埋もれている何かが関係して、別の風景を見た時に「これを描かなきゃ」と思うのかもしれないですね。


酒井龍一『或るしじまに』


酒井龍一『積日』


――実際にある場所やものをモチーフにしているけれども、必ずしもそれそのものではない。

『積日』のモチーフは大分の石橋群で、『虚空』と同じ頃に取材してます。
作品制作ではそれそのものを描く場合もあるし、そうじゃない場合とあります。

だからよく見て描く絵と、記憶や印象のイメージだけで描くものとを行ったり来たりしてる感じですね。その中間にあるのが『白日夢』などの淡い色のシリーズです。今はその三つでバランスを取っています。


酒井龍一『白日夢』

――では中間の作品シリーズである『白日夢』について。

中間の作品は現実と想像のイメージがごっちゃになって混ざってますね。現実にある風景と僕の記憶やいろんなことが絡み合って画面を構成しています。

やっぱり僕はどこまで行っても絵描きなんですね。妻にもよく「あなたの作品は現代美術ではないよね」と言われるんです。「ただ絵描きであればいい、小難しいことは考えずに普通に絵を描けばいい」とずっと言われてる。確かにそうだな、と笑

――最初に仰っていた「良い絵」にしていく話に繋がりますね。

良い絵とか面白い感じですね。ただそこをやるだけで自分は良いんだろうなと思ってます。


酒井龍一『遠くて近い欠片の風景』

――ある意味での「工芸」と近いスタンスに感じます。

やっぱり単純にうまくなりたいですね。
それこそ昔、師・今井珠泉先生が「描こうと思ったものをすぐ描いちゃダメだ」って仰っていたんですよ。描こうと思ってから何年か寝かせて、フィルターで削ぎ落とした、濾過したものだけを描け、と。そうすると見たままの風景だけではない、個人的で精神的な世界に繋がる。西洋絵画には写実が軸になって発展した歴史もありますけれども、日本画の場合は「写意」です。そうやって意識の世界を描くのが重要なんです。そもそも日本画の絵の具自体が陰影表現には向いてないですよね。「影」というよりは「隈」だったり、どこかしら精神的な表現になっていく。
僕はそういう風に、技術的な面でもっと良くなって、その上で精神的な世界が描けていれば一番いいかな、と思うんです。確かにそれは工芸的かもしれないですね。工芸にもいろんなグラデーションはあると思うんですが。
だいぶ素朴にやってると思いますよ笑


『何処かのユートピア』展示風景

――例えば工芸の場合、我が強すぎると道具としての使いにくさにも繋がります。もちろんそこにも面白さはあるけれども、余白とのバランスをどう取るかという話になります。しつらえの可能性は余白の部分にあると捉えています。

確かに。遊びの部分ですよね。僕はただ素朴に描いて、見る人に委ねてる部分が大きいんです。だからそうやっていろんな飾り方やしつらえの中で遊んでもらえるととても嬉しいですね。見る人が着地点を作ってくれたら良いんです。

――ホワイトキューブよりも生活空間の中でより一層意味の拡がりを感じられるような気がします。

先日、昔からのお客様が「昔の感じからやってることはあんまり変わってないですね。」と仰っていたんです。HPにはこれまで取り組んだいろんな作品シリーズを掲載していて、見る人によっては別物に感じたり、その頃と全然違うと言われたりもします。
自分の意識としてはずっと、モチーフは変わっても、本質的な部分は変わらず描き続けているので、「変わってない」と言われて安心もしました。

人ってそれぞれいろんな面があって、変わってないように見えても同じにはならない。違う画風で描きたくなることあるかもしれない。違うようで行ったり来たりしてる。今回もそんな感じです。


酒井龍一『Utopia -環-』

~ 世界は美しいと信じたい。 ~

南青山・白白庵 企画
画家 酒井 龍一 展

『何処かのユートピア』

前期:10月26日(土)~11月4日(月祝)
後期:11月9日(土)~11月17日(日)
*前・後期とも 会期中の木曜定休
時間:午前11時~午後7時
会場:白白庵

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