優しさをキミに
noteで面白そうな投稿コンテストがあるなと思って、私も書けるかしら、書いてみようと思った。
「#やさしさにふれて」
「やさしさ」に関することならなんでも書いて良いよ~というものだ。
が、結構難しい。
私の周りは優しい人が多くて、私は自分がとても恵まれていると考えている。だからいくらでも書けるだろうと思ったのだけれど、これが全く書けないことに気がついた。
「優しさ」の定義がわからないのだ。
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私は先天性心疾患(生まれたときから心臓病)だ。
自分の足で歩けるけど、たくさん歩くと苦しくなるために子どもの頃から長距離移動の際は車いすに乗っていた。当然運動制限があり体育などは参加できない。薬は毎日欠かさず飲んでいた。
11歳のときには手術のために入院もした。だからと言って根本的に疾患が治ることはない。
要するに、周りの子たちとは違っていた。
私は今40歳代だ。
私が子どもの頃というのは、何というか…疾患や障害のある子たちといわゆる健康な子どもたちの間には目に見えない線引きがされていたように思う。
それは現在もそうかもしれないが、もっと明確で、はっきりとした関係性が大人たちによって作られていたように感じている。
「ぱきらちゃんは体がしんどくてかわいそうな子なので、みんな優しく、親切に、仲良くしてあげましょうね」
平たくいうとこのようなことを、当たり前に言われていた。
そしてみんなが「はーい!」と元気よく返事をする、そんな時代だった。
私は優しくしてあげるべき弱い存在。
私と他の子たちは、平等な関係とは言えなかっただろう。
たぶん、みんな優しかったのだと思う。
いや、優しいというか「腫れ物を扱う」ような対応ではなかっただろうかと、今にして思う。
みんな私に対してどのように接したら良いかわからなかったのだろうと想像している。
優しさというものは、きっと押しつけがましいものではないだろう。
まして誰かに教えられて、限定された個人に優しくするものではない。
「優しさの種」のようなものを心に持ったとき、それをどう表現するかは大人から教えてもらう必要があるとしても。
自分の意思で「この子(人)に手を貸そう」と思ってくれる、それこそが「優しさ」なのかなぁと考えている。
でもそれが正解なのかどうかはわからない。
結局「優しさ」は漠然としていて、その時々によっていろいろなモノや出来事、相手の行動というように形を変えるのだろうと想像する。
☆
私の子ども時代は楽しいことばかりではなかったけれど、それでも。
私自身も徐々に人として成長することができた(と信じている)。
それと共に、私が疾患があるとかないとか抜きに親しくしてくれる人は増え、何かあれば手を差し伸べてくれる人も増えていった。
ここで誰か一人の言動を引き合いに出すのは難しいくらい、みんな優しい人たちだ。
ああでも…中学3年生の担任だったD先生は印象的だったかも。
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私は17歳で長期入院に突入、高校を休学していた。
体調が改善する兆しもなく、しんどいけどぼんやりした毎日。
そんなある日、D先生がフラッとやってきた。
「ちょっと、こっちの方に用事があってな。ほらこれ、お見舞い。こんなんやったら食べられるかと思って」
それはゼリーの、しかも結構大きめの詰め合わせだった。
このとき、D先生と何を話したかはあまり覚えていない。
ただ、この頃の私の体調や毎日について聞いてくれていたように思う。
そして「じゃ、長居しても疲れるやろうから帰るわ。顔見れて良かった」
と帰って行った。
病室での滞在時間は15分にも満たなかった。
先生が帰ってから母がやって来たので、これこれこうこうで、D先生が来てくれたという旨を伝えた。
すると母は、
「D先生、こっちに用事なかったんちゃうかな」と言った。
ああ、なるほど。
どこに用事があるとも言っていないし(言う必要はないものの)、時間を気にするそぶりもなかった。
そもそも先生のおうちはこちらの方面ではないし、学校関係の研修だのといったものはもう少し都市部で行われていたはずだ。
大きな重たいゼリーの詰め合わせと、クラッチバッグ一つでふらりとやってきた先生。
わざわざ出向いてきてくれたのだろうか。
もしそうなら嬉しいな。
いや、もし本当に用事があったのだとしても、お見舞いの品を準備して足を運んでくれたのが嬉しかった。
体調に波があるからと、高校側にはお見舞いを断っていたから仕方のないことだが、高校の先生がお見舞いに来ることはなかった。
高校の友人が来てくれることも、ましてや中学の頃の友だちには入院していることすら知らせておらず、だから来てくれることはなかった。
ごく限られた人がたまにやってくるだけ。
私などいなくても、世界は回って行くのだなと少し寂しい気持ちもあった。
そんな中でD先生が来てくれて嬉しかった。
「大丈夫、誰も君を忘れていないよ」
そんな風に気にかけてもらっているように思えて、とても嬉しかった。
先生の優しさが沁みた。
あと、ゼリーはとても美味しかった。
☆
私は、たぶん一人きりでは生きて行けない。
それはきっと、いわゆる健康な人であっても同じだろうと思う。
でも私はやはり、他の人たちより多く、誰かの手や力を借りて生きて行く必要があるのだ。
だから、たくさんの優しさをもらっている。
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けれど私は、優しさを与えてもらうことに慣れて、それが当然かのように振る舞うことは嫌だと思っている。
いろいろ手を差し伸べてくれる人たちがいれば、「ありがとう」と伝えたいし、言葉にできなくてもその気持ちは常に持っていたい。
そして、私が弱いからでも、疾患があるからでもなく、「私に対して」手を貸そう、力を貸そう、そんな風に思ってもらえるようにありたい。
「優しさをキミに」
そう思ってもらえるように。
でも一方で、人より多くの優しさを分けてもらう立場なのは申し訳ない…と卑屈になる必要もないと考えている。
確かに私は優しさを多くもらう立場かもしれないが、私も誰かに優しさを贈ることができると思うのだ。
体力の必要なことはどうあっても無理だから、もしかしたらはっきりと目に見えるものではないかもしれないけれど。
私がもらった優しさは、私なりに誰かに贈る。
感謝して、感謝されて。
そうありたい。
こうした優しさの連鎖があれば、なんとなく世界は穏やかになりそうな気がする。
…なんて、これはさすがにメルヘン過ぎるだろうか。