あなたから私へ、私からあなたへ
2010年7月17日、改正臓器移植法が施行された。
この約一年前に改正臓器移植法が成立した日、私は本当に良かった、そう思った。
当時の詳しい経緯やA案・B案といった提出された各案についてなどは省くが、このA案が通ったことによって
『本人の臓器提供の意思がわからない場合でも、家族の承諾で脳死後の臓器提供ができるよう』になった。
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脳死後の臓器提供は長年日本ではタブー視されていた。
その背景にあるのが1968年に行われた、いわゆる「和田移植」である。
名前くらいは聞いたことがあるという方もおられるだろう。
私にしても、これは私が生まれる以前の出来事であり、詳細はいろいろなサイトや記事、文献を細かく見ないとわからないことが多い。しかも、結局のところ真実がどうであったかはわからないままである。
ただ和田移植によって、
本当に移植が必要な人に移植が行われたのか
本当に脳死状態の人から臓器を摘出したのか
という、臓器移植において最も大切な部分に対する信用を失わせるような不透明さが残った。
当時の報道がこの件をどのように取り上げたかを私は知らないものの、その頃うら若き乙女だったろう母が「たくさんニュースを見た」と言っていたので、加熱気味であったのではないかと思う。
面白おかしく取り上げられていた部分もあったかもしれない。
人々の中の臓器移植に対するイメージが悪くなったのは想像に難くない。
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私は今回、脳死後の臓器提供が是か非かを議論したいのではない。
私は先天性心疾患を持って生まれた。
だから心臓移植に関しては強く関心を持っていた方だと思う。
私は子どもの頃に心臓の手術を行っており、以降それなりに落ち着いた生活を送っているものの、根本的な解決には至っていない。
いわゆる重症の部類に入るらしいし、加齢に伴いこれからますますいろいろな制限が増えていくだろう。正直なかなか大変な人生だとも思っている。
それでも、私は移植の対象者ではない。
移植対象者となる人たちは、とてもひっ迫した状況に置かれている。
私のように心臓の手術をして何とかなるような状態ではないのだ。移植をしなければ命に関わる、それくらいの危機感と隣り合わせの人たちが対象者となる。
では移植などせず、その命を全うして死ねばいい。
そういう考えの人はいるだろう。
移植医療は自然の摂理に反するという意見だって聞く。
でも生き延びる手段があるのならば、それに賭けてみたいと思っても良いじゃないか、私はそう思っている。
目の前にぶら下げられている手段をただ指をくわえて見ていろというのは、かなり酷な話だ。しかも他の国では当たり前の医療として行われているのに。
だから私は脳死後の臓器提供について「賛成」の立場だ。
でもだからと言って、私のこの考えを全ての人に理解して欲しいとか、受け止めて欲しいとか思っているわけではないし、反対の立場の人を「敵」とみなしているわけではない。
脳死後に臓器を提供するのは嫌だ。
考え方は人それぞれ、そう思う人がいるのは当然でそれで良いと思っている。
私だって、もし甥や姪が脳死になったとして、そのときすんなり臓器提供ができるかと言えば(結論を出すのはその親だとしても)かなり悩むと思う。
私自身も脳死や心停止後に自分の臓器を「どうぞ使ってください」と差し出すことができるかと聞かれると…かなり難しい。
そもそも私の場合はせいぜい角膜しか使えないらしいのでメスが入るというイメージは少ないけれど、でも体にメスを入れられるのはもう嫌だなという気持ちもある。
私は脳死後の臓器提供に賛成ではあるけれど、一方で嫌だと思う人、踏み切れない人たちがいてもそれは不思議ではないとも考えている。
自分自身が心疾患であるし、移植を受けた友人がいるにもかかわらず、私自身が答えをすぐに出せないのだ。
臓器提供や臓器移植に関しての「想い」というのはそう簡単に答えが出る問題ではないと捉えている。
でも私は、だからこそ機会を与えて欲しいと思うのだ。
臓器提供が嫌な人が「嫌だ」と言える、
臓器提供をしても良いよと考えている人が「構わない」と言える、そう言う場を。
そしてその家族が、それぞれに「嫌だ」「構わない」そう言える場を。
最初から脳死後の臓器提供や移植を反対と決めつけるのではなくて、「反対でも賛成でもどちらでも意思が尊重されますよ」という少し優柔不断にも思えるけれど、でも本人や家族の意思を生かすことができる状況にして欲しいのだ。
そう思っていたから、改正臓器移植法が施行されたときはホッとした。
レシピエント(臓器移植を受ける患者)は、他の人の臓器をいただくのだ。
自分が元気になりたいと望み、移植に全てを託し、でもそれは同時に誰かの死を待っているのではないかと自分を責めて、それでもやはり生きたいと思う。そのぐるぐるした気持ちの中で、移植が行われるその日を待つ。
レシピエントは、ドナー(臓器提供者)から気軽にその臓器をいただくのではない。それだけは知っておいてもらえると嬉しい。
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脳死や心停止後に臓器提供をするかどうの意思表示をして欲しい。
その意思表示の方法はいろいろとある。
詳しくは日本臓器移植ネットワークの「意思表示の方法」を見てもらえたらと思うけれど、今は健康保険証や運転免許証の裏に意思表示欄があるのでそこに書きこむこともできる。
臓器提供や移植医療というのは遠い世界の話のように思えるだろう。
でもあなたがドナーになりうる可能性はゼロじゃない。
だから意思表示をしてもらえたらと思う。
ハッキリと答えが出なくても良い。家族と話をしておくだけでも良いと思う。
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また和田移植のようなことがあってはならないと、日本の脳死後の臓器提供はその過程を明確化し、透明性を確保しようと考えられている。
まず待機患者として移植希望登録をするのも簡単なことではない。
「お願いします!」
という患者の意思だけで通ることはまずない。
移植適応審査という「本当に移植が必要なのか」という審査がある。
一方でドナーの脳死判定も慎重である。
法的脳死判定の検査はガイドラインに沿った手順があり、その判定は臓器移植に無関係な医師二人によって行われる。
和田移植のような、和田医師やその周囲の医師だけで判断することがないように。
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移植医療というのは(生体移植は別として)他者の命の終わりと共に実行される。
そこに各々の考えや主義が生まれるのは当然だ。
けれど、医師を始め医療者が脳死状態を意図的に生み出すようなことはできない。彼らは最後まで諦めずに治療にあたる。
頑張って頑張って戻っておいでと手を尽くして、それでも叶わず脳死に至ったとき、初めて脳死を人の死として家族に告げる。
それをどのように受け止めるかは家族次第だ。
あなたの主義主張はあなたのものだ。
でも移植医療は保険適用されている、まぎれもないこの国の医療行為の一つだ。
その医療行為をなんとなくの考えで軽んじることは医療者やレシピエント、そしてドナー及びその家族に対して大変失礼なことだと思っている。
私は脳死後の臓器提供について賛成、反対どちらの考えでも間違いではないから、自分なりの判断ができるように子どもたちには正しく臓器提供や移植医療について学ぶ機会があればいいのにと思っている。
人の生と死の大切な医療だから、保健体育で教えても良いくらいだと感じているのだけどな(性教育もままならないのに臓器提供に関してなんてあるわけないか…)。
諸外国ではどうなっているんだろうか。
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最後に個人的なことを。
私が待機患者として過ごしていた友人の移植が決まったのを知ったのは、ニュース番組でだった。
当時は臓器提供者が現れるのは珍しかったし、提供者が現れるたびに〇歳代の男性(女性)から心臓は〇〇病院、腎臓は△△大学病院…といったことが事細かく報じられていたのだ。
私はそのニュースで、友人の移植手術が決定したことを知った。
素直に嬉しい気持ちと、ドナーのご家族のことを考えて、思考はひっちゃかめっちゃか、ただただ泣いた。
もう手術室だろうか、今送るのは迷惑だろうか、そんな想いを持ちつつ友人にメールをしたのを覚えている。
「行ってらっしゃい」
そう送ったら、本人から返事が来た。
「行ってきます」と。
文字だけなのに、力強く感じたのを今でも覚えている。
手術が成功したと、これまたニュースで知った。
良かった、本当に良かった。
そして、ドナーとドナーのご家族にありがとうという気持ちでいっぱいだった。
その後、友人は元気になった。
そして今も元気だ。
もちろん免疫抑制剤などたくさんの調整は必要で、病院と繋がりが切れることはない。
それでも今までの友人とは全く違う。
まず最初に驚いたのが、電話での元気な声だった。
いつだって呼吸が荒くて話をするのもしんどそうだったのに、息切れもせずに羨ましいくらい張りのある声に変わっていた。
久しぶりに再会したときは、その顔色の良さにびっくりした。
これまで見たことがないくらいの元気さで、友人はドナーから大切な大切な命を受け継いだのだった。
友人はドナーやそのご家族への感謝の気持ちを常に口にしているし、自分が元気でい続けることがドナーやご家族、今後移植医療を受ける人たちのために何より大切だからと、自分の体調のコントロールに努めている。
その姿勢に対しては尊敬しかない。
友人は、移植を受けなければ今はこの世にいなかったかもしれない。
いや、たぶんいなかっただろう。
だから、友人が長生きしてくれれば良いと願っている。
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※参考にしたサイト
一般社団法人 日本移植学会
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「臓器の移植に関する法律」
☆
「和田心臓移植事件」
☆
「日本臓器移植ネットワーク」
日本臓器移植ネットワークの発表によると、2020年8月31日現在
移植希望登録者数は14,412人、
臓器提供者は55人、
移植を受けた人は221人である。