
石神井と練馬のワイン
六本木に長らく通っているワインバーがある。イキった書き出しになったが、はじけたバブルが残滓状態にあった当時、ワインは今のように投機的な値段ではなかった。いつしか市場で過当競争が始まると、最近の円安も相まって、何とも残念な状況が続いている。
先日はそのバーでテキサスのワインを飲んだ。地元では昔から造っているのだろうが、ますます知らない産地のワインが増えている。
「自然派ワイン」という言葉もすっかり定着した。添加物や保存料を使用せず、自然に優しい栽培方法がとられているらしいが、こうなると今まで飲んできたものは何だろう、不安にならないでもない。
ワインの教科書に載るような高級銘柄には手が届かなくなったが、選択肢が増えたこと自体は喜ばしい。
西武池袋線 石神井井公園駅の近く「とものや酒店」では、定期的に有料のワイン試飲会が行われている。その日出された8種類のうち、3つが山梨県のワイナリーからだった。日本のワインはしばらく前から評価されていて、新聞や雑誌などで特集を組まれたりもする。まだまだ歴史は浅いのだろうが、きちんと形にするところ、さすが凝り性の日本人だと思う。
そこではフランスの「自然派」の造り手のワインも飲んだが、同じブドウの品種を使っていても、それぞれ味わいが異なるのは面白い。

石神井の隣の大泉では、「東京ワイナリー」という「東京初」のワイン醸造施設がある。はじめて東京ワイナリーのワインを飲んだのは、石神井氷川神社での春のイベントだったが、ヨーロッパに気候が近い北海道、長野、山梨あたりでもなく、東京二十三区で最も暑い練馬に醸造所を構えるとは、一体どういうことなのだろう。
東京ワイナリーの店舗は、西武池袋線大泉学園駅からしばらく歩き、「したみち通り」という狭い道沿いにある。テーブルは数席で、ランチや昼呑みは休日限定のようなので、行かれる場合、事前に調べてもらいたい。
まず飲んだのは、ボージョレ・ヌーボーならぬ「練馬ヌーボー」。「2024年新酒」とある。東京ワイナリーで使われるぶどうは北海道や東北などからも取り寄せているようだが、これは練馬区産のぶどうのみを使っているらしい。練馬で6つの畑を手入れしながら、地域に根差したワインを作っているという、本格的な「地産地消」の取り組みだ。
もう一杯の「ナイアガラペティアン」の方は、埼玉県狭山市産の微炭酸のワインである。練馬や狭山のワインを飲む日が来るとは思わなかった。オンライン販売やレストランに卸してもいるので、ご興味があれば、いつか試されてされてはどうだろうか。

その東京ワイナリーのすぐ近くには、東京二十三区で唯一残る牧場「小泉牧場」がある。昭和10年(1935年)頃に始まった歴史ある牧場だが、最近は「クラフトミルク」なる牛乳を手がけられており、長らく見なかったアイスクリームが先日復活したところだ。
ワインの醸造所あり、牧場あり。高層建築と道路拡張に余念のない練馬区にあって、その試みは珍しくも誇らしい。定期的な収穫には、減りつつある畑との協力関係が肝要だろう。小泉牧場ではつど小さな子どもを連れた親子の姿を見かけたが、酪農についても、より近隣の理解が必要になってくるにちがいない。
東京がどこもかしこも同じような景色になりつつあることは、多くの人が気づいているところであって、街に個性を求めた場合、ぶどう畑やサイロのある風景は、実に感じがいいと思うのだが、どうだろう。
