見出し画像

70.優越感【ショートショート】

「ところでお前、以前見せびらかしてた腕時計最近してないな」
 ふと思い出して、そんなことを友人に問い掛けた。彼に以前、二百万円の高級腕時計を友達連中みんな大変自慢された。それなのにいつの間にか着けてこなくなっていたのが急に気になったのだ。
「あれだけ自慢して回っていたのに、なんで着けて来なくなったんだよ。もしかして、金に困って売ったのか?」
 俺が茶化すように疑問を投げると、彼は苦笑しながら答える。
「いやいや、売ってないよ、持ってるよ。ただ、もう知り合いはひと通り自慢して見せて回り終わったから。知らない人と会うとき以外は、意味ないから着けてないだけだよ」
 変な事を言う奴だ、と思った。せっかく買ったブランド品なんだから、身に着けてなんぼじゃないのか?
「意味ないってことはないだろ。高級ブランド物を持ち歩いているだけでも身も引き締まるだろうに。そもそも腕時計なんだから、時計として活用しろよ」
 俺の反論は、しかし彼にはまるで的外れだったようだ。鼻で笑われた。
「意味ないよ。だいたい今時、時間が知りたかったらスマホで良いし。
 俺が欲しかったものは、知り合いを一周した時点で完了している。その後は見せびらかしても得られるものは別のものになるんだよ」
 彼は仰々しく俺に向き直ると、続ける。
「俺が買ったのは、優越感さ」

いいなと思ったら応援しよう!