【読了】定量的リスク管理の実務
前文
リスク管理が重要視される背景
・より高いリスクを選好する姿勢
・定量的な管理手法とテクノロジー(処理能力)の高度化
・リスク規制対応の必要性
定量的手法は、従来はリスクの計測のみに使われていた
最近は、意思決定プロセスの支援にも使われている
リスク管理の近代化は、市場リスクへの適用から始まった
訳者まえがき
1995年当時は計算機の性能が低く、モンテカルロシミュレーションを実行すると収束に数日かかるため、VaRの算出コストが高かった
原書では、主要なリスク管理エリアである以下をを幅広く扱っている
本書は、そのうち③④⑤を抜粋した抄訳になっている
①市場リスク
②信用リスク
③ALM
④全社的リスク
⑤ストレステスト
第1章 序論
銀行とリスク管理
リスク管理活動の発展
・企業の価値創造とは無関係(管理コストがかかるためむしろ価値を下げる)
↓
・規制遵守のためにしかたない(法令違反を防止するため)
↓
・リターンを得るためにはリスクをとる必要がある(利益追求に貢献する)
↓
・リスク管理にどこまで投資することで事業上の優位性があるのか?
銀行は以下の仲介役
・情報
・リスク:銀行はリスクを受けるだけではなく、存続可能なレベルにリスクを減らさないといけない
・流動性
金融リスクの分類
・市場リスク:金利、為替レート、株価、商品相場の変動
→ヘッジ戦略を利用して低減
・信用リスク:貸倒れ
→担保(金銭的・物的)や保証を利用して低減
→クレジットデリバティブでリスク転嫁
・流動性リスク
→一時的な資金不足を凌ぐための現金保有により低減
・その他のリスク
伝統的なALM
・ALM委員会:流動性リスク、金利リスク(収益性に対する影響)
・営業部門:信用リスク
↓
現代的なALM
リスクを一括して分析する
リスクの分類
・既知:モデル化されているもの(ただし決定論的ではない)、顧客ポートフォリオに対する繰上返済リスク
・未知:存在することは分かっているが、モデル化できていないもの、特定の顧客が繰上返済を行うリスク
・不可知:存在することすら分かっていない
統計的な分析を使っても、極端に低い確率で起こる損失を見積もるのは難しい(テールリスク)
銀行のメインのビジネスモデル
短期で調達した資金(預金)を長期で運用(融資)して金利の期間プレミアムを得る
リスク管理において、
・定量的手法
・リスク分析
のみが全てではない
リスク管理の中核はリスクガバナンス
ステークホルダは、リスク管理手法・前提条件・事業上の理由を把握する必要があるが、リスク測定モデルの数学的詳細までは把握する必要はない
リスクモデルの開発適用チームが、モデルの適切性を検証し、コミュニケーションをとる必要がある
銀行資本規制の進化
バーゼルⅠ
・信用リスク量の測定が要請されたが、リスク感応的ではなかった
バーゼルⅡ
・所要自己資本を算出するため、多くの銀行が独自にVaRモデルを導入した
・信用リスク量の開示が要請されたため、評価プロセスの導入が必要となり、統計専門家の確保やシステム化に大規模な投資が行われた(相対的に、従来からの定性的な信用リスク評価の重要性は下がった)
バーゼルⅢ
・過去の実績のみに依存したモデルよるリスク測定に偏らないように、監督手段としてストレステストが要請された
・米国連邦準備制度理事会FRB:SCAP(監督資本評価プログラム)CCAR(包括的資本分析)
・欧州銀行監督機構EBA:米国の影響を受けて導入された
・リスク分析結果を財務情報に反映することが求められている
・例:ストレステスト結果を損益に反映する
リスク管理からの価値創出
例
融資時、自行が収益を確保するために最低限必要な対顧客金利を提示するために、関連するリスクコストを加えた資金移転レートを含めて、正確なプライシングを行えるようにしている
金融リスク管理システム
リスク管理実務の基礎となる金融理論の誕生には、計算機技術の商品化が必要だった
・ポートフォリオ理論(Markowitz)
・資本資産価格理論(Sharpe)
・裁定価格理論(Ross)
・オプションプライシング理論(Black-Scholes)
金融リスク管理システムの機能
・リスクモデルとリスクデータの管理
・リスクシナリオの構築
・リスクシナリオに基づくポートフォリオの評価
・リスク指標に関する報告
・リスクに基づく意思決定支援
金融リスク管理システムの発展
・伝統的には、各リスクタイプ(市場、信用、流動性など)ごとの管理システムを運用していた(サイロ化)
・サイロ化していたシステムからリスクを合算し、全社的な資本レベルでリスクを管理するシステムが出てきている
金融リスク管理システムの性能を決める要素
・リスク計測能力:リスク分析担当者がモデル(プライシングモデル、信用リスク評価モデル、市場シミュレーションモデルなど)を構築するため
・リスク基盤能力:リスク情報を管理するため
・リスク技術能力:プロセッサ、メモリ、ストレージ、ネットワーク転送速度
リスク計測フロー
①リスクファクタモデルの補正、シナリオの生成
②リスクファクタを実際の値に変換
③貸倒損失の評価
④商品単位の価格(プライシング)とキャッシュフローの作成
⑤価格とCFの合算、関連指標(エクスポージャなど)の計算
⑥エクスポージャ低減のための担保やヘッジ戦略の決定
⑦リスク指標(VaRなど)の算出
⑧リスク調整後リターンの算出(ストレステストの結果を反映する)
リスク情報の管理要件
・網羅性:法域、業種(事業環境)
・正確性:適度な概算
・適時性:
・ガバナンス:ワークフロー機能
・透明性(説明可能性)
・追跡可能性:情報の保全、バージョン管理
・再現可能性
・監査可能性:意思決定が適切だったかを検証・調査するため
モデルリスク管理
・リスクの分析測定にはモデルを使っている
・モデルにはライフサイクルがあるため、頻繁な検証とテストが必要になる
・全社的ストレステストの要求事項に触発されて、モデルリスク管理の必要性が提唱された
・入力データの適切性や品質:その期間でいいのか?
・モデルの前提条件:「全てのモデルは間違っている。よって実際問題として問うべきは、どの程度に謝っていると有用でなくなるのか、である。(Box, Draper 1987)」
・モデルの開発
・モデルの文書化:理論的裏付け、開発方法、改訂履歴。ステークホルダへの説明や引き継ぎのため。
・モデルの検証:独立的な検証チームが実施する。
・モデルの実行
・モデルのガバナンス:モデルがどんなシステム(通常は複数)によって構成されているか?
第1部 ALM(流動性リスクと金利リスク)
第2章 キャッシュフローモデルによる流動性リスク管理
古典的なALMでは、BSに焦点を当てており、以下の主要なBS上のリスクをコントロールすることを目標にしていた
・金利リスク:資産と負債の間の金利マージン、キャッシュフローに基づき現在価値が計算される
・流動性リスク:資産と負債の資金ギャップ、流動性比率の監視が必要
本章で扱うのは、流動性リスク
流動性リスクは、結果的リスクである:市場イベントや信用損失やシステム障害→風評リスクの顕在化→取り付け騒動→流動性低下
①流動性リスクの計測
流動性リスクはどのように定量化できるのか?
②流動性エクスポージャー
流動性の危機が発生した場合、どんなシナリオ(キャッシュフロー:キャッシュイン&キャッシュアウト)が予想されるのか?
③流動性エクスポージャーのヘッジ
流動性バッファをどのように確保するか?
④構造的な流動性計画
BS構造に関する計画
⑤流動性ヘッジ計画の要素
⑥資金流動性リスクおよび流動性リスク指標
⑦流動性リスクに関する規制
バーゼルⅢにおける流動性規制:2つの報告指標
・LCR(流動性カバレッジ比率)
・NSFR(安定調達比率)
第3章 資金移転価格(FTP)とキャッシュフローの収益性
本章で扱うのは、金利リスクと収益性指標・安全性指標(支払能力)
資金移転価格(Fund Transfer Pricing)
・銀行内において部門間で資金を移転する時の価格
・貸金や預金に対し、適正な調達コスト、規制コストを織り込むことで、資産や負債の適切なコントロールを行うフレームワークとなる
・金融機関と顧客間の取引や銀行が独自で行う対マーケットの取引など個々の取引が、その裏付けとなる資金調達・運用コストと比較して効率的に行われているかを分析する経営管理手法。
以下の目的により、金融機関で使用されている
・リスクを本社財務部で集中管理することにより、各支店からリスクを除去するため
・伝統的な銀行勘定項目(預金、ローンなど)のパフォーマンスを事前に計測するため
①基本的なFTPの概念
資産と負債の期間(満期)をマッチングさせた資金調達の方法について
②リスクに基づくFTP
リスク費用を組み込んでFTPを算出する方法について
③資金移転レートとリスク調整後リターン
④収益性指標とその分解
⑤資金移転レートによる銀行勘定の公正価値
⑥FTPの活用スコープに関する注記
⑦規制と収益性分析
収益性分析については、市場リスク/信用リスク/流動性リスクほど明確な規制はない
ただ、バーゼル規制の要求事項としては言及されている
第2部 全社的リスク
第4章 全社的リスク合算
リスクタイプ毎のサイロ型リスク管理は容易だが、世界的な金融危機には対応が難しいため、全社的な観点からのリスク管理が要請されている
全社的リスクの管理方法
・トップダウンアプローチ:線型リスク合算を用いる、VaRなど
・ボトムアップアプローチ:まず個々のリスクカテゴリごとに分析し、結合分布から指標を算出する
・2つの組み合わせ:コピュラ合算、混合コピュラ合算を用いる
非金融リスク(戦略リスク、風評リスクなど)を全社的リスクに合算することもできる
モデルで数値化できるので、結果として周辺損失分布が得られるため
①相関を用いた合算および全社的リスクレベル
②混合コピュラ合算
③リスク合算における資本配分
④リスク合算と規制
全社的リスクアペタイト
リスク予算(Risk Budgeting)
第5章 全社的シナリオ分析とストレステスト
・2007年:金融危機
・2009年:SCAP(監督資本評価プログラム)に基づくストレステスト
・現在:米国上位25行に対してCCAR(包括的資本分析レビュー)に基づくストレステスト、さらに小さな銀行に対してDFAST(ドットフランク法に基づくストレステスト)
従来は、信用損失と収益に対する影響を重視していた
現在は、流動性やBS/PL全体に対する影響を含むようになった(銀行はストレステストの結果に基づき資本計画を立てる必要あり)
①全社的シナリオモデルアプローチ
2つの全社的シナリオモデルアプローチがある(両者ともボトムアップ的に全社的リスクを把握する)
A:リスクタイプ毎のサイロ型アプローチを用いた後にその結果を合算する:複雑
B:包括的な全社共通のリスクモデルを用いる:容易で意思決定に繋げやすい
A:サイロ型アプローチ
まず各リスクタイプで個別に算出する
・市場リスク管理システムを使って、シナリオ下の市場リスク損益を算出する
・ALMシステムを使って、シナリオ下の正味金利収益を算出する
・信用リスク管理システムを使って、シナリオ下の信用損失を算出する
②全社的リスク資本指標
・リスク量(Risk Exposure):VaRなど
・リスク許容量(Risk Capacity)
③規制上のストレスシナリオアプローチ
④全社的ストレステストの将来
補章 ストレステストによる先進的な市場リスク計測
シナリオ分析とストレステスト
保険会社に対するソルベンシー規制Ⅱでも、ストレステストは導入されている
ポートフォリオ感応度分析
体系的なストレステストプログラム
リバースインパクト分析
・ポートフォリオに最大の影響を与える仮想シナリオを発見するため
ストレステスト分析とモデル分析の統合
完
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