富士さん日和
少し頭が痛い。
快晴。
山並みの向こうに富士山の頭だけが見えている。
僕は富士山が見たくなった。
もう頭は見ているけれど、その全容を確かめたくなったのだ。
富士山行きの特急列車。
沿線は平凡で、それゆえ目の焦点が合わなくなってきて、ボヤッと古い記憶が現れる。
幼い頃はなんとなく「富士さん」だと思っていた。ランドセルと言う社会的象徴を背負う頃だろうか、それは「富士山」だと知った。
少しがっかりした。親しみのある存在が急に遠くて冷たい物体に変化してしまったように思えたのだ。
そしてどんな付加的呼称詞を用いてもあまりにも音の響きが悪すぎることで、さらに落胆は深まった。
富士山さん、富士山くん、富士山ちゃん。
特急列車は山北からの難所をゆるゆる登り終え、少し平坦な場所を軽快に走っていた。
もうすぐ富士山の見える地点だろう。
御殿場は寒かった。
麻のシャツで来てしまったことが悔やまれた。
折り返しの特急まで24分。
この間に富士山がよく見える場所を探す予定でいたが、その必要は無くなった。
富士山は雲の中であった。
立ち食いの蕎麦を啜り、錆びた保存機関車を一瞥して、私は今乗ってきた特急列車に再び座った。
私の他に座っている者は誰もいなかった。
少しがっかりしている私の気持ちをよそに、特急列車はコトコトと都会を目指して走り始めた。
あの雲の中にある山は「富士山」ではなくて、きっと「富士さん」なのではないか。
僕は目を閉じた。
少し頭が痛い。
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