富豪閣

取り留めのない文を書いています。 よろしくお願いします

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最近の記事

Myシドニーポートレート#5

ホームステイ先であるシェアウッド家の朝食は、棚にある食材から好みのものを各々が取り出して食するスタイルでした。 私はシドニー駅の売店でドーナツとりんごを買って歩きながら食べることがほとんどでしたが、ごくたまにコーンフレークに牛乳をかけずそのままポリポリとつまむこともありました。 ある日の早めの夕食後、私がリビングの床に座って宿題と格闘していると、ホストマザーのスージーが朝食の棚をのぞいて言いました「大変!コーンフレークがないわ!」 共にホームステイしているドイツ人のマートン

    • Myシドニーポートレート♯4

      「それはおかしい、フェアじゃない」 いつも温厚なヴィヴィカが険しい表情で言った。 ヴィヴィカは共にホームステイをしているデンマーク人の女の子で、私と同じ年齢でした。 彼女は笑顔がとても可愛らしい美しい女性で、髪は北欧の出身らしい綺麗なブロンドでした。 ホストマザーのスージーが「明日から4日ほど夫婦で家を空けるのと、マートンが来週まで研修旅行だから、ヴィヴィカ、その間のテツヤとあなたの夕食をお願いね」と彼女に伝えたところ、ヴィヴィカの表情が曇り冒頭の言葉が発せられたのでした。

      • Myシドニーポートレート#3

        私は深夜のタクシーの窓から吹き込む冷たい風に震えながら寒さを我慢している。 ホームステイ先に着いた日、私はホストマザーのスージーにこの家のいくつかのルールを教えてもらっていました。例えばシャワーは5分で済ます、地下のビールは自由に飲んで良い、朝食は各々好きな物を自分で戸棚から用意して食べるなどの簡単なルールでした。 そして、私は自分に当てがわれた自室に荷を解き、本やらCDやらを並べていると、同年代のハンサムな白人男性が部屋に来て、「動物園に行くから一緒に行こう」と少し素っ気

        • Myシドニーポートレート#2

          シドニー生活3日目から語学クラスが始まり、私はペイジウッドのホームステイ先から310番のバスに30分ほど揺られ、シドニーの中心駅セントラル駅で降り、そこから15分ほど歩いてシドニー大学のキャンパスへと通い始めました。 クラスはシドニー大学の数あるカレッジの中のセントアンドリュースカレッジの小さなホール、アンガスホールにありました。 大きな幾本かの樹々に囲まれたアンガスホールの前には広大な円形のオージーフットボールの練習場があり、ブレイクタイムになると私たちはその芝に腰をおろし

        Myシドニーポートレート#5

          Myシドニーポートレート#1

          25年前のシドニーの空は、今と特段変わらない深い青、すなわち群青色の空でした。 初めてのホームステイに気持ちが高揚していたかと言えば全く反対で、私は不安で仕方が無く、空港からホームステイ先への送迎車の中のことは何一つ記憶が残っていないのです。 これから数ヶ月を過ごすホームステイ先の家は、シドニーエアポート、通称マスコット空港から車で20分ほどのペイジウッドと言う閑静な住宅地にあり、芝の広い庭に平屋建のいかにもオーストラリアらしい建築といった佇まいの素敵な家でした。 私はドライ

          Myシドニーポートレート#1

          富士さん日和

          少し頭が痛い。 快晴。 山並みの向こうに富士山の頭だけが見えている。 僕は富士山が見たくなった。 もう頭は見ているけれど、その全容を確かめたくなったのだ。 富士山行きの特急列車。 沿線は平凡で、それゆえ目の焦点が合わなくなってきて、ボヤッと古い記憶が現れる。 幼い頃はなんとなく「富士さん」だと思っていた。ランドセルと言う社会的象徴を背負う頃だろうか、それは「富士山」だと知った。 少しがっかりした。親しみのある存在が急に遠くて冷たい物体に変化してしまったように思えたのだ。

          富士さん日和

          隣の教室に漂うパラレルワールドの香り

          学校の中には確実に異世界が存在していた。 現実的で実感的な空間は、自分の教室と授業で立ち入る空間だけで、それ以外の場所のほぼ全てが異質な空気を纏っていた。 隣の教室も、そのまた隣の教室も、似てるが故かどこか現実感のない場所に思えた。 上級生や下級生のクラスが並ぶ階の廊下などは、もはや立ち入りすら拒んでいる異空間に感じられ、一刻も早く自分の生活する階層に戻らねば窒息死するのではないか、とすら感じていた。 そこではどうしても視点が定まらず、人々が蠢く様が濁ったフィルターを通して網

          隣の教室に漂うパラレルワールドの香り

          フウちゃん

          昼下がりの中華街。 私の奥さんと中国人のフウ(馮)ちゃんが仲良く手を繋いで歩いているのを眺めながら、後を付いて行く。 フウちゃんは25歳の本当に可愛らしい女の子で、奥さんの元同僚の看護師である。 日本語は堪能で、日本の看護師試験にも合格している努力家。 先日我が家で食事を振る舞った際に、今度は私が中華街を案内する!と張り切っていたのだが、その約束を忘れずにいてくれた。 湖南省出身のフウちゃんは、兎角辛い食べ物が好物である。好物と言うよりは、四川に近い土地柄なので、故郷の食

          フウちゃん

          ランチランチランチ

          仕事の合間の昼食に担々麺が食べたくて、職場から隣町へ車で向かった。 駅近くの駐車場に車を止め、少し早歩きで目的のお店へ向かう。 『水曜日 定休日』 不覚をとった。 でも大丈夫、近くにトンカツの名店がある。そこでトンカツじゃなくて生姜焼きを頼む暴挙に出よう。むふふ お店への坂道を登る。 『水曜日 定休日』 く… でも大丈夫。 駅前にいなり寿司と巻き寿司の美味い老舗があるのを知っている。 駅へ戻る 『水曜日 定休日』 がーん… ここへの道すがらに古い雑居ビルがあっ

          ランチランチランチ

          禁酒節酒法案審議(妄想国会)

          今国会提出の議案。 〈ここ数年の飲酒量増大によって考えられる様々な健康不安に対する懸念と対処法の成立〉 議長「では民民党こっぽり議員どうぞ」 こっぽり「こっぽりです。現在ワタクシが懸念するところと致しまして、国家、すなわち我々の心体の健康状態の維持管理であります。11年前に成立しました禁煙タバコ放棄法により、我が心体は喫煙を放棄しましたが、この時の喜びに反してその日からの飲酒量が著しく増大し、またそれが常態化していますことを懸念しております。この点、総理はどの様にお考え

          禁酒節酒法案審議(妄想国会)

          寝台特急富士にて(家族向けです)

          九州旅行記をお前も書いてみてはどうか?とまめしばさんが言ったので、そうですかと言い書いてみることにした。 ただ、こちらの記憶もとうに昔の話で曖昧であるからして、行程の一部分だけ淡々と書いてみることにする。 どの程度に曖昧なのかと聞かれれば、小学3年だか4年だかの頃の話であり、そもそもどの様にして東京駅のホームに降り立ったのかさえ記憶が曖昧で、全く記憶に無い有様。 なので、もうすでに東京駅の9番線に立っている。 18:00発7列車寝台特別急行『富士』宮崎行きは、17:38分定刻

          寝台特急富士にて(家族向けです)

          場違いな客

           一人旅の最終日に東京で一泊をした。  十六歳の夏だった。  新宿にある大型ホテルに部屋を取ってあり、チェックインをしたのは夜の九時過ぎであった。新宿の高層ビル街にそのホテルは位置しており、近くに飲食店は見当たらない。  仕方なく私はホテル内で食事を摂ることにし、部屋を出た。  ホテル内には日本料理屋とメインダイニングの鉄板焼レストランがあったが、いずれも値が張るので入るのがためらわれた。  どうしたものかとホテル内をうろついていると、バーのような店があり、食事のメニューがボ

          場違いな客

          国家イベントパトロール

          2XXX年1月1日 目覚めると僕の町は明けていた。 隣の町もその向こうも無事に明けている様だった。 さあ僕もちゃんと協力をしなくては。 ベッドから這い出ると僕は階下に降りた。台所では母さんがお重に何やら詰めている。 「あ、母さん、あけましておめでとう」 「あら、早いのね、あけましておめでとう」 言えた。大丈夫だ僕もちゃんと明けている。 母さんもちゃんと明けている。 「お、タクミ早いな、あけましておめでとう」 父さんも明けている。 「ねえタクミ、ミクを起こしてきて」 台所から母

          国家イベントパトロール

          とおせんぼ

          「この道は通るなよ!」 怒鳴り声がした。 青戸くんだ。 ピアニカを右手に持ったまま両手を目一杯広げてこちらを睨んでいる。 僕の帰り道に一箇所、少し狭い裏路地があるのだけど青戸くんは時々そこにいて、僕の進路を塞ぐ。 「お前にはここを通る権利がないんだからな!」 青戸くんはそう叫ぶと少しこちらに近づいてきた。 何時ものことではあるけれど、僕は少したじろいで後退りした。 そして僕は今日も踵を返して、大通りを遠回りするのだ。 言い返してやりたい気持ちはあるけれど、僕は大きな声

          とおせんぼ

          まだしりとりは続いていた製本への道 バックナンバーまとめ。

          #まだしりとりは続いていた製本へ ① 4月21日 Amazonにて電子版自由律俳句集発売から数週間後、とある企業より製本してみませんかとの話をもらいました。出版社では無いので販路には乗せられないが、こちらのスキルアップの為にも製本してみたい。ぜひ紙にしてみたい。とありがたい言葉をもらう。 製本してくれる会社は出版社ではないので、一般販路には乗りませんが、正式プロジェクトとしてただいま鋭意製本作業を行なっております。実にありがたいことです。 販売ルートなどはこれから詰めていきま

          まだしりとりは続いていた製本への道 バックナンバーまとめ。

          『バンドに打ち込む彼氏の話はまだ続きますか』

          竹下通りでクレープを食べる様な女とは付き合えないなあ。 まったくモテないくせにそううそぶいていた。 意味など無かったのだと思う。 その証拠に、いままさにクレープを食べている。生クリームとチョコとバナナのやつだ。 クレープがと言うよりは、原宿の様な所で遊んでいる女子に臆するところがあって苦手だったのだと思うが、それも無用な心配で、そんなイケてる女の子と出会うこともなければ、そもそもそんな女の子とどうにかなる気配さえなかった。 そして、クレープは美味しいと知った。 すすきのの洒

          『バンドに打ち込む彼氏の話はまだ続きますか』