フウちゃん
昼下がりの中華街。
私の奥さんと中国人のフウ(馮)ちゃんが仲良く手を繋いで歩いているのを眺めながら、後を付いて行く。
フウちゃんは25歳の本当に可愛らしい女の子で、奥さんの元同僚の看護師である。
日本語は堪能で、日本の看護師試験にも合格している努力家。
先日我が家で食事を振る舞った際に、今度は私が中華街を案内する!と張り切っていたのだが、その約束を忘れずにいてくれた。
湖南省出身のフウちゃんは、兎角辛い食べ物が好物である。好物と言うよりは、四川に近い土地柄なので、故郷の食事は基本的に辛く、それが普通なのだと言う。
なので、今回も四川料理のお店に連れて行ってくれた。
激辛などは苦手なので心配したけれど、「このお店はそんなに辛くないよ、大丈夫、パパ、ママも食べれるよ」と気を遣ってくれる。
フウちゃんは私達のことをパパ、ママと呼ぶ。
私は初めてそう呼ばれた時にハッとした。
私の立ち位置は、同僚の旦那や仲間ではなくて、日本のお父さん、お母さんなのだと。
我々も年を重ねたと言う事実をとても分かりやすい形で表現してくれた。
フウちゃんにはお母さんがいない。
奥さんはそんな事実は知らなかった様だが、先日我が家で涙ながらに話してくれた。
幼少の頃に両親は離婚をしていて、父の手一つで育てられた。そしてそのお父さんも再婚し今は後妻さんとの間に子供がいるそうだ。母親のことはほとんど記憶にないらしい。なので奥さんにママ、ママと甘えているようだ。
フウちゃんお勧めの食事はとても美味しく、ビールも沢山飲んで私はご機嫌であった。
デザートを二人が食べ始めた頃合いを見計らい、私は手洗いに行くふりをして会計を済ませにレジへ向かった。
合計額が出るのを待っていると、背後に騒がしさを感じ振り向いた。フウちゃんが一万円札を掲げて何か言っていて、奥さんが笑いながら必死にフウちゃんを引き留めている。
しまった…会計している姿を見られてしまった。
「パパ!パパ!ダメだよ、私が払うから!」
一万円札を握りしめながらそう叫んでいる。
周りのお客さんも「コントみたい!」と笑いながら眺めている。
そしてとうとう奥さんの制止を振り切り、レジ前の私の元に駆け寄ってくると、「パパ!ダメ!娘はもう働いてお金もらってるよ!だから私が払う!」とフウちゃんは聞かない。
普段ならそれでも諭して私が払ったと思うが、何故か少しホロっときて、そのままフウちゃんのしたい様にしてあげた。
きっとフウちゃんは僕らにご馳走することで、何かを伝えたかったのだと思う。
お店を出ると、またフウちゃんは奥さんの手を取り楽しそうに歩いている。
遠い異国から来たこの女の子に私達夫婦は僅かばかりの安らぎを提供できている様だ。
そして、地下鉄駅まで私達を送ると言う。
フウちゃんの帰る方向と反対なので、見送らなくても大丈夫と言うが、どうしても送ると言う。
そうして、また奥さんと手を繋いで歩き始めた。
ちょうど横浜ベイスターズの試合が終わった様で、カラフルな人々の中を私達はのんびり歩いて駅へ向かった。
地下鉄の入り口に着いて、ご飯のお礼を改めて伝えると、フウちゃんが言った。
「パパ、ママ、来てくれてありがとう、気をつけて帰ってね」
私はまたハッとした。
そうかあ、フウちゃんは中年の日本の両親を気遣って送ってくれたのか。
フウちゃんから見ると我々はそれなりに歳を重ねた風貌なのかも知れない。
私は地下鉄への階段を降りながら、あたたかい気持ちがするのを感じ、フウちゃんはもしかしたら親孝行がしたかったのかも知れないなと考えていた。
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