『バンドに打ち込む彼氏の話はまだ続きますか』

竹下通りでクレープを食べる様な女とは付き合えないなあ。
まったくモテないくせにそううそぶいていた。
意味など無かったのだと思う。
その証拠に、いままさにクレープを食べている。生クリームとチョコとバナナのやつだ。
クレープがと言うよりは、原宿の様な所で遊んでいる女子に臆するところがあって苦手だったのだと思うが、それも無用な心配で、そんなイケてる女の子と出会うこともなければ、そもそもそんな女の子とどうにかなる気配さえなかった。
そして、クレープは美味しいと知った。

すすきのの洒落たバーのカウンターに僕はなんだかイケてる女の子と二人で座っていた。
そんな状況に憧れてはいたが、少し妄想と違ったのは、その女の子の彼氏がいかにバンドに打ち込んでいるかを延々と聞かされている、と言う点だった。
そして、僕はと言えば、帰りたいと思っているのである。
妄想と全然違う。
もう少しでメジャー契約だったのに、仲間がバイクで死んで自暴自棄になった、らしい。
そして今は塞ぎ込んでいるので、支えていかないといけない、らしい。
彼女は真剣な眼差しなのだけど、僕はなんだか笑ってしまいそうな自分を反省しながらも、退屈を何とかしようと、せめて想像の中の彼氏を自分好みのいい奴に仕立てて想像してみた。想像してみたけれど、楽しくも何ともなかった。
ただただ帰りたかった。「話し聞いてくれて優しいんだね」と彼女はこちらを見つめて言い、まだ帰りたくないとも言った。
女心が分からない僕は、録画したドラマの最終回を見たかったから、それをそのまま告げたらなんだかおかしな空気になって、彼女の方から帰ってしまった。
全てが妄想だったのだと言い聞かせて、僕は店のあるビルを出た。

そうしてみて、原宿の竹下通りでクレープを食べる様な東京のイケてる女の子は、バンドに打ち込む彼氏が仲間のバイクの事故をきっかけに、自暴自棄になる話などするだろうかと考えた。

しない様な気がした。
それだけが、その日僕が手に入れたほとんど唯一の確信だった。

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