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国家イベントパトロール


2XXX年1月1日
目覚めると僕の町は明けていた。
隣の町もその向こうも無事に明けている様だった。
さあ僕もちゃんと協力をしなくては。
ベッドから這い出ると僕は階下に降りた。台所では母さんがお重に何やら詰めている。
「あ、母さん、あけましておめでとう」
「あら、早いのね、あけましておめでとう」
言えた。大丈夫だ僕もちゃんと明けている。
母さんもちゃんと明けている。
「お、タクミ早いな、あけましておめでとう」
父さんも明けている。
「ねえタクミ、ミクを起こしてきて」
台所から母さんが言った。いつもなら面倒臭いと感じるけれど、今日は明けているから「わかった」と素直になれた。
二階の妹の部屋に行き、ドアをノックする。明けに対して一番不安があるのは反抗期の中学二年の妹ミクだ。
「入るぞ」
ミクはまだ寝ていた。「おい、もうみんな起きてるぞ」僕はベッドの端を軽く蹴りながら言った。
ミクはまだ眠そうな顔を布団から少し出すと「あ、お兄ちゃん、あけましておめでとう…」と眠そうに言った。
よかった、いつもは反抗的な妹もちゃんと明けている。
今年もカムラ家は大丈夫だ、みんな無事に明けることができている。

「あけましておめでとう!」
僕たちはおせちを囲んで再び新年の挨拶を交わした。
「ん?」筑前煮の人参を除けていた父さんが情報端末を見ながら少し険しい顔になった。
「どうしたのあなた?」
「隣の駅のハッタン町がどうやら明けてないらしいよ」
「あら、迷惑な人がいるのね」
「国家イベントパトロールが出動しなければ良いがなあ」
『国家イベントパトロール』
僕はまだドラマや映画でしか見たことがない。
映画の中で様々な武器を駆使して、国民的イベントを妨害する悪の組織と対峙する国家イベントパトロール。僕の憧れだ。憧れだけれど、近所で撃ち合いになるのかもと考えたら僕は少し不安になり、栗きんとんの栗を取除く手を止めた。

「こちらツカダ、通報のあった地点に到着しました」
「了解、ただちに作戦行動に入るように」
国家イベントパトロール上級隊員ツカダは部下のトウマ隊員と共にパトロールカーZZαから降りた。
パトロールカーはイベントパトロールと悟られない様に家庭にあるのと変わらないごくごく普通の家庭用ライトビーグルだった。


「うわ!随分古いアパートっすね」
「令和三年築だからなあ」
ツカダは情報端末の見取り図を見直しながら言った。
「令和時代の建物っすか、よく残ってたなあ」
「二階の端の部屋だ、行くぞ」
二人は鉄製の階段をカツンカツンと言わせながら上り、一番奥の部屋の前に来た。
「トウマ、見てみろ」
ツカダはドアの横の窓を指さした。
防犯用の格子が取り付けられた曇りガラスの向こうが微かにピカピカと光っていた。
「ツカさん、これって…もしかして…」
トウマの顔が曇った。
「規則的な点滅で、赤と緑、青か…間違い無いな…」
ツカダは慎重にドアをノックした。
「ヤマダさん、ヤマダタモツさん、あけましておめでとうございます!」
部屋の中から返事はない。
「ヤマダさん、いらっしゃいますか?国家イベントパトロールのツカダと申します。あけましておめでとうございます!」
やはり返事はない。曇りガラスの向こうの僅かな点滅が続いているだけで動きは無い。
「ヤマダさん、いるなら新年の挨拶だけでもお願いします。最悪それだけでも良しとして済ませますから。返事が無いとドアを強制的に開けることになりますよ」
二人はしばし耳を澄ませるが、やはり返事はない。
「ヤマダさん、最後のお願いです、あけましておめでとうございます!」
「ダメか…」ツカダが諦めてドアを破壊する超絶小型爆薬を取り出した時、部屋の中から微かに声がした。
「ツカさん、なんか聞こえましたよ」
ツカダは慌てて再び呼びかける。
「ヤマダさん、あけましておめでとうございます!」
「メ…メリ…」
「え?なんですか?ヤマダさん?」
「メリー…クリス…マス」
トウマの目が光った。
「ツカさん、やはり」
「だな」
ツカダはため息を一つ付き、その古いドアに超絶小型爆薬を仕掛けた。
二人が少し離れてスイッチを押すと、風船が割れた様な気の抜けた音がして、ドアが少し開いた。
「行くぞ」
「はい」
二人は緊張の面持ちでドアの中を覗き足を踏み入れた。
「勝手にお邪魔いたしますぅ」
二人は靴を脱いできちんと並べ部屋上がった。
「やはり…か」
玄関のすぐ横の流し台の上にはもみの木を模した小さなプラスチック製の造木があり、その周りに巻かれた赤、青、緑の電球がピカピカと規則正しく光っていた。
それは国民をクリスマスのイベント気分に統一する為の装置で、いわゆるクリスマスツリーであった。
「ヤマダさん、ですね」
一間しかない部屋の隅にサンタ帽を被った老人が膝を抱えて座っていた。
ツカダは資料に目を落とした。

ヤマダタモツ
72歳
独身

顔写真と見比べ間違いないことを確認した。
その間にトウマはクリスマスツリーのコンセントを抜き、電飾を外し始めた。
「ヤマダさん、あけましておめでとうございます」
ツカダは膝をつき優しく声をかけるとヤマダさんはゆっくりと顔を上げ、静かに答えた。
「メリークリスマス」
「ヤマダさん、今日は一月一日、すなわち元旦です。もうクリスマスは終わりましたよ」
ヤマダさんは黙っている。
「ヤマダさん、なぜまだクリスマスのままなのですか?何かあったのですか?」
そう言い肩に手を乗せようときた時、ヤマダさんがこちらを少し睨み、拳をふっと振り上げかけた。
「うわっ」
ツカダは後ろに飛び退くと、膝をつき「ヤマダさん、落ち着いて、すみません言い過ぎとは存じますが堪えて下さい」
ツカダは頭を下げた。トウマもそれに倣う。
隊員は決して攻撃に対抗してはならないという掟がある。なので武装などは一切なく、逃走を防ぐための投げ縄を腰に巻いているだけなのだ。
ツカダが根気よく話しかけていると、再び大人しくなっていたヤマダさんがポツリポツリと話し始めた。
これまで何十年もクリスマスプレゼントなど貰ったことがなかったヤマダさん。今年は町内会のクリスマス会に初めて誘われ出席したところ、ツリーの下に置いてあるプレゼントをもらった。あまりの嬉しさにプレゼントを開けるのが惜しく、そして何年かぶりに人と接し楽しかったクリスマス会の余韻、それにまだ浸っていたかった。ヤマダさんはそう言いうとうなだれた。
「とりあえずそこのプレゼントを開けましょうか」
そう言いツカダはツリーの下に置いてあった小さなプレゼントの包みをヤマダさんに渡した。
ヤマダさんは小さく頷くとプレゼントの包みを丁寧に開けていった。中からは動画収録チップが出てきて、パッケージには『トムとジェリー』と書かれていた。大昔から今日まで続く人気アニメの動画チップだった。
「見てみましょうか」
ツカダはそう言うと部屋の隅に置かれた古いタイプの動画再生装置にチップを入れ再生した。
『こんちトムさんお昼寝…』
お馴染みのアニメがスタートし、タイトルが流れた。『トムのドキドキHappy New Year』
「ああ…」 ヤマダさんが小さく驚いた。
「ヤマダさん、トムさんあけてますね」
「ああ、あけてるな」
ツカダは優しくヤマダさんの肩に手を掛けた。
「隊員さん、すまなかった…迷惑かけたな…。あけまして…おめでとう」
そう言うとヤマダさんは頭のサンタ帽を取って膝に押し付けると静かに涙を流した。
「ヤマダさん!あけましておめでとうございます!」
トウマも目元を拭きながらヤマダさんに近寄った。「ヤマダさんあけましておめでとうございます!」
「それでは、私たちはこれで失礼いたします。ご協力感謝いたします」
二人はそう言い、アパートの外に出た。
「こちらツカダ、任務完了、ヤマダタモツさん72歳あけました」
『こちら本部了解したご苦労様』
任務完了は直ちにハッタン町中に伝えられ、町は無事にあけた喜びに包まれた。
「ヤマダさん、クリスマスでいたかったんですね…」
「ああそうだな。町中がメリークリスマスと言えばクリスマスになるし、町中があけましておめでとうと言えば正月になる。今日はみんながお正月にしようとしているわけだから、一人ではどうにもならないこともあるよなあ…」
ツカダはそう言うと白い息を晴天の空に吐き出した。


「あ、ハッタン町があけたみたいだな」
情報端末を見ていた父さんが言った。
きっと国家イベントパトロールの隊員が大活躍したのだろうと僕は興奮した。
こんな近くで精鋭隊員たちの活躍があったなんて、なんか自分の事のように誇り高かった。実際の隊員は見たことが無いけれど、きっと映画の様に様々なレーザーライフルなどを駆使して犯人を追い詰めたのだろう。
カッコいい。
僕は将来隊員になることを誓い、部屋に入ると来るべき日のために筋トレを始めた。

僕のヒーロー国家イベントパトロール!

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