Myシドニーポートレート♯4
「それはおかしい、フェアじゃない」
いつも温厚なヴィヴィカが険しい表情で言った。
ヴィヴィカは共にホームステイをしているデンマーク人の女の子で、私と同じ年齢でした。
彼女は笑顔がとても可愛らしい美しい女性で、髪は北欧の出身らしい綺麗なブロンドでした。
ホストマザーのスージーが「明日から4日ほど夫婦で家を空けるのと、マートンが来週まで研修旅行だから、ヴィヴィカ、その間のテツヤとあなたの夕食をお願いね」と彼女に伝えたところ、ヴィヴィカの表情が曇り冒頭の言葉が発せられたのでした。
私は驚くよりも、なるほどこれが話に聞く男女におけるヨーロッパスタンダードなのだなと、かえって感心していました。
「OK大丈夫だよ僕も何か作りますよ、ヴィヴィカ交代で担当しよう」
当時の私は料理が得意ではありませんでしたし、ましてや日本ではありませんから、どこで買い物をすればよいのか、何を作ればよいのか皆目見当がつきませんでしたが、まあ何とかなるだろうと快諾したのでした。
するとヴィヴィカが「テツヤ、私は生のシーフードが苦手なの」と不安そうに言いました。すかさずスージーがおどけて「sushiはダメね」と言ったので、ヴィヴィカもいつもの楽しそうな顔に戻ったのでした。
何を作ればよいか不安ではありましたが、キッチンの棚にミートソースの缶詰とパスタがあるのを思い出し、最初の当番はそれにしようと決めたのでした。
夕方、イアンとスージーは大きなスーツケースを転がして出かけて行きました。そして共にホームステイをしているドイツ人のマートンは学校の研修で来週まで不在。
広い家には私とヴィヴィカの二人きりになりました。
「テツヤ!ディナー!」
ヴィヴィカの元気な声がして、私はダイニングへ向かいました。
「見て!私が作りました!」ヴィヴィカが楽しそうにテーブルを指差しました。
え?テーブルの上を見た私は文字通り目が点になりました。
そこには、とてもとても美味しそうなスパゲッティミートソースが二つ並んでいたのでした。
翌日、私は語学クラスの講義も上の空でその日の夕飯について思案していました。
とは言っても異国での料理のアイデアなど浮かぶはずも無く、私は夕飯を手作りすることを諦め、一計を案じたのでした。
「ヴィヴィカ!ディナー!」
眠っていたのかヴィヴィカが少し眠そうな顔でダイニングに顔を出しました。
そしてダイニングテーブルの上を一瞥すると怪訝そうな顔になりました。それもそのはずで、そこには何も無いのでした。
私は少し笑うと「ヴィヴィカ、こっちに来て」と言い、庭へ歩き出しました。
この家の庭にはバーベキュースペースがあり、その奥には素敵なプールがありました。
私はプールサイドに白くて丸いテーブルを置き、そこに買ってきたピザとハーブのサラダ、サーディン、そしてスパークリングワインとグラスを並べておいたのでした。
「ワオ!」ヴィヴィカはケラケラと笑い出すと楽しそうに席に着きました
「申し訳ない、全て買ってきたんだ、料理は得意じゃなくて」私は謝るように言いました。するとヴィヴィカは「サラダは?」とハーブのサラダを指さしました。
「え?買ってきて皿に盛り付けただけだよ」
彼女は少し思案する顔をした後「じゃあ料理ね」とクールに言いました。
「そうなの?」
「maybe」
「maybe」
私たちはお腹を抱えて笑いました。
スパークリングは全て飲んでしまい、2本目のヴィクトリアビタービールを開けると私達はとてものんびりとした気持ちになり、ヴィヴィカはデンマークで待っている彼のこと、彼に会いたくて寂しいことや、保育園で研修しながら語学を学んでいることなど沢山話してくれました。
ふと夜空を見上げるとそこには見慣れない南半球の美しい星空があって、それを眺めていると『なんて贅沢な時間なのだろう』と思い、隣で楽しそうにしているヴィヴィカに心の中で感謝するのでした。
🎵Stay(I Missed You)
Lisa Loeb
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