究極楽観主義。
神様や仏様
存在を信じるか
ボクは信じる
しかしそれは
お化けのように
脚が無くて
空中を浮遊してて
万能の力を持ち
というような
デフォルメしすぎた
漫画的な空想ではない
ボクが学ぶ
多くの哲学
思想書の中で
感じたこと
世界中の
神様も仏様も
みな
平和を目指してる
ひとの幸福を誓ってる
人が幸せになるために
宗教が存在する
宗教って
ひとが創り上げたものだ
「いいつたえ」
だったりもする
だからこそ
生きる智慧だったり
慈悲だったりする
智慧や慈悲って
生きるために必要だ
そうわかったから
伝えたくて
創造物や教えや
物語にして伝えた
昔話に
御伽噺
民謡民話
歌や踊り
昔ながら
世界各地に広がる
言い伝え
すべてすべて
究極の
生きる智慧だったり
慈悲だったりする
例えば
地震で津波が来る地域
むかしむかしから
言い伝えや
山へ登れとか歌がある
まさにそれです
生きる智慧
慈悲のこころです
どんな困難に直面しても
決して負けずに
すべてを乗り越える智慧
人々を救おうとする
慈悲の精神
これはもう
神様仏様と呼べる
人々の考えの集結です
生きている
いま存在する
みなさま自身が
神様だったり
仏様なのだと
ボクは感じています
もちろん
生きていますから
地獄みたいな
精神状態もあります
鬼みたいな心も
持ち合わせてると
思います
しかしながら
神様や仏様のこころも
必ず持ち合わせている
我が子ができれば
母と呼ばれる方々は
菩薩様のような笑みで
見守られ
ある意味自己犠牲で
育児をなさったり
献身的に尽くされる
誰に頼まれる
わけでもない
しかし
その夫が帰りが遅くなり
はたまた浮気などを
見つけてしまったら
阿修羅の如く怒る
または
悲嘆し地獄の池に
溺れてゆく
どうでしょう?
これはボクの想定する
例え話ですが
ひとって生きてる間
怒って笑って
泣いて悲しみ
喜び様々な感情が
溢れる
その心の中に
おひとりおひとり
必ず神様のような
仏様のような
智慧と慈悲に満ち溢れた
こころが存在する
だから
何か特別なことしなくても
ボクらは自身の
心がけで素晴らしい人生を
楽しむことができる
特別に悲しいこと
特別に辛いこと
そんな日も必ずある
しかし
それを乗り越える
精神力をもっている
そのために
学ぶことがたくさんある
また隣にいるひと
目の前の人に
同じ人間として
優しくできる
もしもの時は
正しいみちは
こちらじゃないかな?と
指し示してみたりできる
おたがいさまで
ひととひとが
よりよい社会のために
支え合えば
その力は凄いと思う
こんなこと書いてると
「理想論だ」
どこからか
声が聴こえます
そうです
「理想」です
しかし
理想という目標を目指し
希望を持って
未来を考える生き方
ボクはスキです
ひとりぐらい
じぶんだけ
その考えのひとが
どれだけいるのか
ひとにぎりなのか
全員なのか
昔話で
コップ一杯のお酒を
村人が持ち寄り
樽に入れてみんなで
酒樽を作ろうとする
そんな話があります
自分1人ぐらい
水でもわからないだろう
すると
出来上がった酒樽は
ほどんど水の味
酒を持ってきた人は
一握りだった
悲しいですね
全員そろって
お酒を持ち寄ることは
不可能だと云う
言い伝えなのでしょうか?
ボクは信じます
必ず
全員そろって
酒を持ち寄れる
そういうことが
可能だと信じます
「そんなことむりよ」
だれもが疑い
理想を現実にしようと
考えていなくても
かまいません
ボクは
理想を現実にできると
自分1人だけでも
「酒」を持ち寄り続けます
必ず世界中で平和を保てる
ひとは互いに協力できる
共存し合える
だって
みなさんは神様だし
仏様なんですもの
絶対大丈夫なのです
たとえ
ボクだけになっても
ボクは
キミを信じ続けます
読了ありがとうございます 世界の片隅にいるキミに届くよう ボクの想いが次から次へと伝播していくこと願う 昨年のサポートは書籍と寄付に使用しています 心から感謝いたします たくさんのサポートありがとうございました