信越化学工業とコモディティで勝つための鉄則②
さて、以前、信越化学工業という日本化学業界のラスボスについて多少記しました。
これを記したあと、大学院の怖いボス授業のノートを引っ張り出して読み返しました。
うーん、思い出してきたぞー。
「お前は本当にものを知らないんだな」と何度も繰り返された日々がよみがえります。
ものを知らないのは相変わらずではありますが、今日はこのあたりのことについて記します。
■ ダウ・ケミカルのコモディティ事業行動指針
前回挙げたコモディティ事業成功の鉄則、正確にはダウ・ケミカル社のコモディティ事業における行動指針について。
①市場が良いときにも投資するが悪いときにも投資する。
→コモディティ事業はシェアが命なので、絶えず投資してシェアを押さえるのが肝要です。
②何も考えず他社と同じ技術に投資するな。他社よりほんの少しでも優れた技術に投資しろ。
→もう少し詳しく言うと、競合他社よりも安いコストプロセスにだけ投資しなさいということですね。
ここまでは前回書いたことです。続きはこうです。
③指標を気にぜず積極的に借金しろ。
→要は、世の中は常にインフレだから、金は借りられるだけ借りておけということです。けっこう極端ですね。
④事業の上流に投資せよ。
→事業の上流はインフレにも強いですしね。
と、ここまでは普通の指針ですが、最後、5番目がかっこいいんですよね。
⑤前記4つの指針に従って行動し失敗したものをとがめるな。
→かっこいい、文句なしにかっこいいです。
■ で、信越化学工業はどうだったのか
結論から言うと、信越化学工業は③以外のすべてを実践したように見えます。
③は言い換えれば「借りられるだけ借りまくれ」ですが、そこは日本企業、というか信越化学工業の伝統が許さなかったのでしょう。かなりの昔から今に至るまでバランスシートは優秀、借り入れはできる限り絞っています。
しかし、それ以外は見事に合致します。
①について言えば、70年代オイルショックあたりの激動期にも、果敢にシンテック、信越半導体の2社のM&Aを実施しています。この買収金額は、当時の信越化学工業にとって過大と言って良い巨額買収でしたが、やり遂げています。
この2社のM&Aの間には、人員削減を実施せざるを得なかったにも関わらずです。
(その後、この2社は大成功しました)
②についても、専門的論文ではないので詳述はしませんが、生産プロセス自体はもちろんのこと、工場の立地についてもかなりこだわっています。
当然、これにより競合よりコストを引き下げられます。
加えて、①によってさらにコストは下がります。
④については、そもそも信越化学工業の事業自体が上流に当たりますからね。
そして⑤です。
これについては、信越化学工業中興の祖:小田切新太郎の力が大きいでしょう。
小田切は、取締役会でシンテック買収への反対意見が多数を占める中、進めるべきとする一人の平取締役に全権委任し、買収後はその経営まで一任します。
この平取締役こそが、後に信越化学工業を世界的企業に押し上げた金川千尋です。
結果として成功しているので厳密には⑤とは違いますが、通ずるものがあると思います。
■ 「どうせコモディティだから」と言わず突き詰める
どうして小田切に代表される当時の経営がこのようにできたのか、その答えはコモディティを突き詰めたことにあります。
ありがちなのですが、「どうせコモディティですから」と自分たちの事業を卑下するだけの人は少なくありません。
「テレビはどうせコモディティですから」、「DRAMはどうせコモディティですから」…そんな例は1990年代中盤以降いくつも見てきました。
コモディティだったらどうだと言うのか。どうしたら良いかをなぜ考えないのか。そこを突き詰めずに、自分で自分のプロダクツを「しょうもないもの」と言っているわけです。
私は、念じ続けると実現する、わりとそう信じています。これ、良い方にも悪い方にも実現するとも信じています。特に自分のことについてはそうです。
自分のことをしょうもないと言っていると本当にそうなってしまうのです。
信越化学工業は、自分たちの商売がコモディティ事業であると認識した上で、コモディティとは何か、コモディティで成功するとはどういうことか、そのためにどうすべきか、こうしたことを突き詰めています。
そのために用いる物差しは自分の事業専用で、その物差しが世間一般と異なるものでも全く意に介していません。
■ サラリーマン社長なのにサラリーマンじゃない
そして最終的にはこれですかね。
小田切にしても、金川にしても、オーナー社長ではありません。サラリーマン社長なのです。
ですが、オーナー社長顔負けでリスクを取りに行きます。
コモディティ事業はシェアが命なので、上げた利益を延々と再投資し続けなければなりません。
他の儲かりそうな、良さそうに見える事業にではなく、常に茨の道であるコモディティ事業に再投資し続けなければなりません。
その金額とリスクはどんどん巨額になるので、サラリーマン社長は怖くて決断できなくなりますし、強力な力を持つ経理部門の硬直した物差しはそんな怪物を許可しません。
でもコモディティ事業で成功するということは、それをやり切るということです。
いや、とんでもないと思いますよ、それをやり切っている信越化学工業って。
《参考文献》
金児昭(2009)『経営者の会計実学』中経出版
小田切、金川のもとで現代風に言えばCFOを務めた金児の著書です。多作な金児ですが、これは電子化され入手しやすく、内容も読みやすく理解しやすいものになっています。
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