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優生思想から見ても顕性遺伝の難聴が存在しても良いわけ

顕性(優性)遺伝とは親から子に50%の確率で特性が伝わる遺伝形式です。
そして優生思想は『より優秀な遺伝子を後世に残す』という考え方です。
そうすると顕性遺伝の障害というのは優生思想の人から見ると一番に排除したいものになりそうですが、いくつかの理由で優生思想的に考えたとしても大きな問題にはなりません。
今回はその理由を考えていきたいと思います。

他の遺伝形式に関しては以下の記事で触れています。

1.難聴の中では少数派に過ぎない


http://shinoro-jibika.com/dna-diagnosis/

そもそも難聴の中で顕性遺伝というのは多くを占めません
グラフで顕性遺伝にあたるのはピンクの部分、たった10%です。
そして潜性(劣性)遺伝という遺伝形式には実際に発現している38%よりもずっと多くの遺伝子の保因者が必要です。
難聴の遺伝子を劣った遺伝子とするならばその劣った遺伝子の所有者はほとんどが健聴者になります。
顕性遺伝を排除したとしても『10%障害が減りました。保因者はほとんど減っていません』という結果にしかなりません。
そして10%の顕性遺伝にどうこう言うよりも25%の非遺伝性の中で多数を占めるサイトメガロウイルス感染に対して周知・検査した方が障害の数を減らすにはよっぽど効果的と思います。
このように顕性遺伝の難聴は少数派であり仮に顕性遺伝の難聴が日本からなくなっても難聴の数はほとんど変わらない
そして"劣った遺伝子"を持った多数の健聴者は放置せざるを得ない。
この時点で優生思想的な論理はだいぶ歯切れの悪いものになります。

2.いつかはなくなるから

ところで上のグラフはなかなか面白いと思うんですよね。
より遺伝しやすい顕性(優性)遺伝が10%で、遺伝しにくい潜性(劣性)遺伝が38%になっています。
遺伝しやすくて広まりやすい顕性遺伝の方が多くてもいいような気もしますが逆になっているんですね。
潜性遺伝というのは変異が起こってから発現するまでに早くて数世代は必要な、ある種狡猾な遺伝形式です。
一方顕性遺伝というのは変異があれば発現する、発現していなければ保因してないというシンプルな遺伝形式です。
そして50%で子に伝わるというのは大きい数字のようにも思えますが、50%しか伝わらないとも言えます。
50%の賭けにずっと勝ち続けられる人がいないように、わりと簡単に難聴の遺伝は途切れます。
そして一度途切れると発現していなければ保因してないわけですから隔世遺伝なんかありません。
そこからは健聴の家系として続いていくことになります。
優生思想からみても勝手に途切れてしまうものを"断ち切る"としてもなかなか盛り上がらないでしょう。

3.出生率が低いから

上の「いつかはなくなるから」の理由を後押ししているのが低い出生率です。
50%の顕性遺伝を伝えていくためには少なくとも2人は子供が欲しいところです。
それでも2人とも難聴が伝わらない時点でその難聴は途切れてしまいますが、別の家庭で2人伝わる可能性もあり、全体としては維持できるかも知れません。
しかし2022年の出生率は1.3を下回る予想だそうです。
このような状況ではよほどの強運がない限り数世代で顕性遺伝は途切れます
顕性遺伝の難聴者は今どんどん減っているのです。
それよりも少子化そのものは大きな問題です。
であれば社会貢献が出来て数世代で健聴の家系になってしまう顕性遺伝の難聴は優生思想の立場からでも歓迎すべき存在のように思えます。

4.また生まれるから

ここまでで顕性遺伝の難聴は少数である上ずっと続くわけではない説明をしました。
しかしなくなってしまうわけではなく今度はまた別の誰かが難聴になります。
その理由は人間の遺伝子はとても突然変異を起こしやすいからです。

もう一つ明らかになったことは、両親が持っていない変異を子供が有しているということ〜中略〜その頻度は一世代あたり50から100個と予想以上に高く、その中の約0.86個は病気を引き起こす可能性のある変異です。

遺伝的多様性 加藤誠志

難聴の遺伝子はひとつではなく150以上の変異があることが現在わかっています。
遺伝子の突然変異はそれぞれにたまたま偶然起こり、耳が聞こえないという似たような症状があるものを集めて難聴と呼んでいるに過ぎません。
150の中には新しいものも古いものもあるはずです。
そして今年もいくつかの難聴遺伝子が日本人の遺伝子プールから退場し、いくつかの遺伝子が追加されることでしょう。
つまり優生思想の"悪質の遺伝形質を淘汰し"という目標は人間の遺伝の仕組み上無理ということになります。

5.顕性遺伝のメリット

顕性遺伝のメリットというのはその特性がまとまって発生するということです。
つまり親と子が同じ特性のため子供の困り事がわかりますし、手話がネイティブで話せるため幼少期を安定して過ごせる可能性が高いです。
むしろ療育などの支援をより必要としているのは健聴者から生まれる潜性遺伝や非遺伝性の方です。
初めて出会う難聴者が自分の子供だったりするので、なんの知識もなく出産直後に戸惑ってしまうことが多いのです。
難聴やろうの文化を守るために顕性遺伝の難聴者やろう者が重要な役割を担っており、潜性遺伝や非遺伝性で生まれた難聴児の家族はそこに合流しこれまで蓄えられてきた知識を教えてもらっています。

まとめ

優生思想から見ても顕性の難聴が存在して良い理由を見てきました。
優生思想は過激な思想ですが、その過激さの裏には大きく社会を良くするためという考えがあると思います。
しかし実行したとしても大して良くもならないのがわかればこの思想は魅力を失い聴覚障害に当てはめる人もいなくなるでしょう。
それどころか手話ネイティブを失うことで変わらず生まれてくる90%の難聴児にデメリットをもたらします。
社会全体のことを考えるとなくてはならない存在です。



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