エメラルドの完成形
わたしは願掛けが好きだ。例えば好きな人に会うまで髪を伸ばし続けるとか、入試まで同じシャーペンを使うとか。
願掛けの行動をしている自分が好きという方が近いかもしれない。祈りを捧げるような、何かの敬虔な信者ではないからこそ、何かを祈る形、その対象を手に入れられるのはわたしにはなにかのロールプレイをしているようでときめくのだ。
エメラルドと言って何を思い浮かべるだろうか。わたしは、「エメラルドと人間に傷のないものはない」という言葉。エメラルドはその産出にクラックやインクルージョンを含むため、天然のエメラルドは生まれつき傷を沢山抱えているのだ。なんと素敵な言葉だろう、と思った。不可能なことを表すのに「傷なきエメラルドを求めるが如し」なんという言葉まであるそうだ。わたしはこういう「イストワール」の多いものが好きなのだ。
イストワールはフランス語で「歴史」、「〜の物語」という意味らしい。わたしが調べたのと、好きなロードレース小説『スティグマータ』での説明を元にしているが正しくない説明なら訂正をして欲しい。
また、『サクリファイス』に始まる近藤史恵師の小説はどれも面白く、心に禍根を残す。そしてロードバイクを知らない人が読後にロードバイクが好きになる魔法付きだ。わたしはその後ガッツリ京都大学の自転車競技部に入ったし、ロードバイクは手に入れてしまうほどに影響を受けた。続編をより楽しく読むために、良ければこの作品から読み進めて『スティグマータ』にたどり着いて欲しい。
「イストワール」は、皆が求めているものだろう。『スティグマータ』で作中で彼が求めていたそれは、人の命さえも天秤にかけられるほどに、大きなものだった。でも、きっと誰もが人生のもっと些細なところで求めて、小さな光を見つける、そんなイストワールがあるはずだ。
傷を抱えたエメラルドが物語を持ち、そのエメラルドに願いを叶えてと呟く。なんとも素敵な光景だろう。わたしにとってのイストワールは、こうでなくてはならないとほどに強く感じた。
そうしてわたしはエメラルドの指輪を手に入れた。ピンキーリングだ。つける指ごとに意味が違うらしいから、そっと意味も込めてみた。傷のあるもの同士、戦っていくつもりの願掛けで。
今日一瞬思い出せなくて「エメラルド」「人間」で例のことわざについて調べた。
わたしがあげたものより有名らしい。マルクス・アウレリウスは大学受験にも出てくる偉大な人だ。この意味も、わたしを後付けだけどエメラルドの事を好きにさせてくれた。
きらりと光らなくてもその歪さを愛そう。それがわたしの覚悟。いつか物語になるような人生を。