”リスキリング”において欠けている論点
パブリックタレントモビリティの川人です。
パブリックタレントモビリティの投稿という位置づけではなく、個人として感じている”リスキリング”の論点について今日は書いてみたく思います。
リスキリングは非常に重要
ここ数年、リカレント・リスキリングという言葉が飛び交っています。このことは、雇用の流動性、その先にある日本の生産性向上・競争力強化に向けて非常に重要と感じています。なので、大賛成ですし、もっと当たり前になってほしいと思います。
しかし、「リスキリング」は、日本にとって全く新しい概念でもないように思っています。というのは、いわゆるメンバーシップ型雇用の日本においては、ローテンションによるOJTを軸に様々な部署や職務を経験し、専門知識と汎用的なマネジメント力をみにつけていき経営人材となっていく、という育成をしていました。いわゆる「成果型」への移行もあり、専門職という考え方も一般的になりましたが、それでも、日本においてはこういった育成スタイルはまだ残っています。これって、「リスキリング」ですよね、と思うわけです。つまり、日本においては「リスキリング」は当たり前に行われていた、とも言えます。
現在の「リスキリング」ブームにある違和感
とはいえ、現在、いわれている「リスキリング」は。もう少しダイナミックというか、一つの組織内で閉じるものではなく、社会全体での取組みになります。また、キャリア形成については個人に主体性がある(組織内の場合、会社側の意向が主体)のも、大きな違いと言えます。変化が激しく、一つの会社にずっといることが「安定」ともいえない時代においては、「リスキリング」が重要視されるのは必然の流れと感じています。
そういったなかで、全く新しい職種にチャレンジする越境転職もそうですし、離職して職業訓練をうける、プログラミング講座がついている転職サービスを利用する、など、いろいろな「リスキリング」のかたちが出てきています。また、国も矢継ぎ早に財政措置を整備しています。
ただし、「リスキリング」が当たり前のものになっていくために、もう少し議論されるべき、というか、触れられていない視点があると感じています。
「リスキリング」をしている期間は、その個人のパフォーマンス(出せる成果)は落ちます。そのときに、これまでと同じ給与をもらえるのか、裏を返すと企業側は払うのか。「リスキリング」の話を見聞きしている中で、この視点について真正面から扱った議論をほとんど見た記憶がありません(されているはずなので、私が知らないだけなのだとは思っていますが)。
個人:リスキリング期間の給与減を受け入れられるのか?
国の支援も整備されてきていて、例えば、休職して教育訓練をうけることをできるような給付制度が検討されているという報道がありました。しかし、最大で賃金の8割給付ということで、やはり落ちます。個人としては手取りが減る前提で次の保障もない中で会社を辞めないとならず、ハードルは高いです(特に一定の年代になると)。
また、企業に雇用されている状況で、仮に「リスキリングする。だから給与落ちる」と勤め先に言われたら、「はい」とは簡単にはならないでしょうし、「それならリスキリングしてもらわなくていい」という意見を持つ人も出るでしょう。
企業:「育て損」でいいのか?
一方で、企業の視点からすると、メンバーシップ型雇用においては、終身雇用が暗黙の前提でした。これはこれで課題も多い仕組みですが、少なくとも、企業側にとっては、長期的な視点で人材への投資回収を考えられるので、安心して社員に育成投資(リスキリングの機会提供)できる、という点は一つのメリットです。
しかし、現在のように、「いつ辞めるかわからない」「雇用の流動性を前提に組織を作る」という雇用慣習の時代になると、果たして、企業側はどこまで育成投資に本腰を入れられるのでしょうか?がんばって投資しても3年で辞められるくらいなら、他が育ててくれた人材を採用したほうがいい、と考えるほうがリーズナブルなのではないでしょうか?
また、現在の国の助成は「研修などの費用への助成」が中心であることも物足りないです。人材育成においては、実務経験が非常に重要であることは、多くの方に同意いただけると思います(座学の研修だけでは現場で求められる力はなかなかみにつかない)。専門職大学がもっと一般的になればまた変わると思いますが、少なくとも現時点では、実戦経験を得るには「どこかの企業に所属して実務をする」ことが必要になります。となると、その時に雇用している企業は、社員を労働力として雇用しているという面はあるものの、「実務経験の場を提供する」という形で投資をしているとも言えます。実際、未経験者の場合、一人前として活躍できるようになるのには、一定期間かかります(新卒だと「3年目くらいからようやく投資回収」という感覚)。しかし、そこで離職/転職されてしまうと、投資回収できずに終わります。これが続くと、「育て損」という感覚がだんだん強くなり、短期的な実務スキルの習得は別として、中長期目線での育成投資(リスキリングはこちら)には二の足を踏むようになってしまわないでしょうか。
育成することのメリット・リターンの多様化
もちろん、新しい人材が入ることのメリット(組織の活性化など)もあり、そこまで単純な図式ではないですし、離職されないように企業側が努力すればいいという話でもあります。ただ、昨今、転職を煽る風潮や札束で人材をひっぱろうとする風潮も強くなっていることは(個人的には)いい傾向とは思っておらず、そういった中だからこそ、もっと企業側にとって心配なく育てることができる環境があってもいいのではないか、と思います。
そうすることで、より社会全体の人材育成投資が進み、「リスキリング」が当たり前になっていくのではないかと考えています。
ジャストアイデアでの試案としては、プロスポーツの世界のような「移籍金」に近い仕組みは無理なのだろうか、と思ったりしています。移籍金とは、サッカーなどで、選手が契約期間中に移籍する際に、移籍先が移籍元(現在の所属団体)に対して支払うお金です。違約金的な意味になりますが、今回のリスキリングの文脈に置き換えると、(転職で辞めるとなった際に)人材育成損にならないように育てた会社が回収を図れる仕組みになりえます。
現状、紹介予定派遣がこれに近い仕組みですが、もう少し柔軟(派遣業という枠組みではなく)な制度があると、人材育成/リスキリングを生業にする企業が生まれたりするのではないか、と考えることもあります。この点については、ジャストアイデアの域を出ない段階ですが、全く別の仕組みでもかまわないので「育てるのが得」になるにはどうしたらいいか。今後も考えていきたい、議論していきたいと思っています。