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サウンドプラ○ットの思い出

時は2003年。世の中…というか大阪は万年最下位と言われた阪神タイガースの18年ぶりの優勝が見え始めており、異様な熱気に満ちていました。
当時の私は大学3年生。怖いもの知らずの21歳。当時としては破格の時給1800円をもらいながら、極端に労働時間が短いため月にせいぜい5万円程度しか稼げない効率の悪い塾講師のバイトにいそしんでいました。

いっぱしに彼女などいた私は何とか金を工面して週末のデートに備えており、平日はとにかく爪に火を点す生活を送っていました。そう、この日も1円でも安い食材や日用品を求めて「ドン・キホーテ」へ行っていました。そんな物欲とハングリー精神と卑しさにあふれた若人だった日の出来事。

買い物を終え、ドンキを出たところでくじ引きの大きな箱を持ったイベントスタッフのような方を視界の隅に捉えましたが、一定の金額以上買い物した客を相手にした販促イベントであろうと推察し、そのまま通り過ぎようとしました。その時、一人のお兄さんに呼び止められ、
「お兄さん、くじ引きやっていきませんか?」
と声をかけられました。

「誰でも1度無料でできます」と言うので、お言葉に甘えてくじを引かせていただくことに。そして、その後のお兄さんの言葉が私の心をとらえました。
「なんと!1等はディズニーランドのペア入場券ですよ!!」


ディズニー…これは、欲しい。

彼女がディズニー好きなのはよく知りながらも、東京までの旅費も苦しく、さらに入場券までの支出となると決して容易いことではありません。ここで入場券がもらえるとなれば喜んでいただけよう、という浅はかなスケベ心が発生するわけです。

満を持してくじを引くと、なんと引き当てたのは2等!
残念ながらディズニーランドは外してしまいました。しかしながら2等。これは何かいいものがもらえると否が応でも期待は高まります。

「おめでとうございます!サウンドプラ○ット一式プレゼントです!」

お兄さんたちの威勢のいい掛け声と鐘の音が響き渡ります。

・・・サウンドプラ○ット・・・?

≪解説≫
当時、自由に音楽を聴くためには基本的にCDを買う(借りる)しか選択肢はありませんでした。そんな時代に現れた夢のようなツール「サウンドプラ○ット」は、窓際に受信機を置くことで自由に音楽を受信。しかも受信した音楽はデータ化してCDに収録し、自由にプレイヤーで再生できるという超スグレモノ。使っている人は見たことがないが、噂には聞くというまさに21世紀(!)の幻の秘密道具だったわけです。
たしか当時のキャッチコピーは「空から音楽が降ってくる」みたいなそんな感じ……(あやふや)
≪解説ここまで≫



さて、2等を当ててハイテンションで迎え入れられた私、ここで脳内の算盤を超高速ではじき始めます。
・サウンドプラ○ット
・うれしい
・しかも当たったのとかすごい
・こんなチャンス二度とないかもしれない
・いや待て
・俺にはWin○Xという相棒がいる(※)
・わざわざサウンドプラ○ットいるか・・・?
・いやでも、これ家にあったらかっこいい
・何より無料だし、もらえるんだし
・本当に無料なの??

私「あの、これって無料なんですか?」
お兄さん「はい!無料で差し上げます!」
私「無料なら欲しいんですけど」
お兄さん「はい!ではこちらの申込書をお願いします!」
私「あの、月額って書いてるんですけど」
お兄さん「それはですね!月々これだけお支払いいただければ音楽がダウンロードできますよ!ってことです!」
私「では払わずに、無料で機械だけもらうこともできるんですね?」
お兄さん「それはできません!」
私「いやなんで!契約は自由でしょ?」
お兄さん「加入してもらうことが、プレゼントの条件なのです!」
私「いやさっき無料って言ったやないですか」
お兄さん「・・・・」
私「私は 加入しない とは言っていません。加入するかどうか一旦考えるんで、機械だけ持ち帰って検討すると言っているんです。それともここで加入しないとお困りになる都合でもあるんですか?」
お兄さん「・・・・・・」
私「・・・・・・」
お姉さん「嫌ならいいですよ、帰ってください」
私「帰ってほしいなら当選権利放棄の承諾書でも書かせたらどうなんです!?」
お姉さん「そんなことする必要はありません」
私「じゃあ2等から3等に格下げでもいいから、この「お菓子詰め合わせ」をくださいよ」
お姉さん「そんなものありません!」
私「ないってどういうことですか?3等の景品は用意してないんですか?」
お姉さん「あったけど全部出ました!」
私「じゃあ1等は?もしかして2等しか入ってないんじゃないですかこれ。」
お姉さん「1等も出ました!!」
私「さっきあの人、1等まだあるって言って声かけたんですよ?うそなんですか?」
お姉さん「言い間違いです!!!」
私「1等本当にあるんですか?出るとこ出たら景品表示法違反になりますよ?」

遠くのお兄さん「2等大当たりです~!!!」

私「ほら!!!2等しかないんやんか!!!」


・・・もうめちゃくちゃ。
まだ若く、そして金もなく、時間と気の強さだけを持て余しているどうしようもないやつに中途半端な餌を見せるとこういうことになるという教訓のようなパターン。今なら警察呼ばれかねない。


結局、サウンドプラネットはもらえず泣く泣く家路についた私。せめて3等のお菓子の詰め合わせは欲しかった。そもそもそんなものはなかった(推定)わけですが。

しかしこうして、「当選しました」という一種の魔法のことばを添えることで、本来であれば決して出会わなかった、購入もしなかったはずのものを受け入れてしまう心理的なテクニックを用いた売り方があるのだということを学ぶいい機会にはなりました。
運を無駄遣いした、と一時は思いましたが、これは元々運など消費しておらず、単なる勉強の機会だったわけです。

さて、先述の脳内会議のなかで出てきた※印が添えられた「Win○X」というワードですが、これはWindowsのバージョンの話でも何でもなく、当時流行したファイル交換ソフトのことです。これがあれば世界中のユーザーと自由にファイルのやり取りを行うことができ、もちろんのことながらヒットチャートを彩る新曲なども・・・おっと、これ以上はやめておきましょう。


そんな環境下にあった私にとってはサウンドプラ○ットなどそもそも無用の長物だったわけですが、なぜ機械だけくれなどと無茶を言ったのか。本気でサウンドプラ○ットを検討する気があったのか、単に機械が欲しかったのか、あるいは機械をヤフ○クで転売しようと考えていたのか。それは昔の私に聞いてみなければわかりませんが、伏字ばかりになっているこういうブログを書いている時点で、ろくでもないことを考えていたのは想像に難くありません。


まだまだ暑さの残る9月初頭。そろそろ後期の履修登録の相談をする頃だと、友人の後藤くんに久しぶりに電話をしてみたところ
「おー!久しぶり!!おい元気か?俺んち来てくれよ!一緒に授業の相談もしようぜ!」
と相変わらず愛想のいい声が受話器から響いた。
そして矢継ぎ早に
「ところでよー、俺すげえいいものもらっちゃったんだ!この間ドンキに行ったら2等が当たって…」


その後の後藤くんがどうなったのかは、誰も知りません。


【完】

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