心の持ちようで、住む世界は何色にでもなる
ハノイに住んで、1年半になる。わたしがここに来た頃、すでにハノイ在住が23年になる日本人の社長に、ふと聞いたことがある。「ハノイのローカルの路上料理は、きたない水を使ってるって本当ですか??食べない方がいいんですか?」
いまにして思えば、なんか嫌な、冷たい質問だったとおもう。その質問をしたのには、ここに来て3日目に出会った日本人にこんなことを言われたからだ。
「ベトナムのものを食べると、腹を壊す。水が汚いので路上の料理は絶対に食べない方がいい。ベトナム人の女の子の膝は、傷だらけだ。バイクに乗っているからだ。とんでもない!」
その人は、駐在員として日本の大きな会社から派遣されて来ていた。たしかベトナムには、2年ほど住んでいると言っていた。
わたしはそもそも、人に影響されやすい。
妙に納得して、「なんだかとんでもない場所に来てしまったのかもしれない」と、ドキドキしたのを覚えている。
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わたしの質問に、ベトナムに長く住む社長はどう思っただろうか。少し黙って、こう言った。
「僕はね、基本的にベトナム人が大丈夫なものは大丈夫だとおもってる。ベトナム人が食べているんだから、もちろん食べれるよ。」
わたしは安心した。というか、この一言でわたしは社長のことをすきだとおもった。たしかにそうか、どこの国で生まれたって、同じ人間なんだから、そうか。
(わたしは人に、影響されやすい。)
ベトナムには、たくさんの日本人が住んでいるけど、その中でベトナム人と同じような生活をしている人は、一体どのくらいいるのだろうか。みんな、いい家に住み、お手伝いさんがいて、日本食屋さんに毎日のように通い、ドライバー付きの車に乗り、車の中からバイクの群れを眺める。
うちの社長は、(社長なので一応)車を持っている。でも、毎日自分でバイクを運転し、通勤している。車より、バイクの方が早いのよ、と言う。
社長は、なんでも食べる。小さい椅子に座って食べるベトナム料理が安くて一番美味しいのだと言う。
社長と一緒に日本食を食べに行ったのは、いつが最後だったっけ。たしか、わたしが初めてハノイに着いた日の夜だったのではないか。
それから1年半、わたしは毎日社長の後ろにくっついてお昼を食べに行っている。ローカルのお店で小さい椅子に座って、100円ほどのランチを食べる。お店のベトナム人のおじさんやおばさんは、社長の名前を覚えているので、お店に行くといつも嬉しそうにニタニタとハグを交わす。食べ終わると「今日も美味しかった」と満足げに2人でほっこりしながらオフィスに戻る。
オフィスまでの歩く道。農村からフルーツを売りに来ているおばさんが地べたにべったりと座っている。社長はその前で立ち止まり、器用に皮を剥かれたパイナップルを見て「みんなへのお土産にしよう」と買う。
日本人は心のどこかで、違う国で生まれた人を、違う言語を話す人を、違う生き方をして来た人を、「外国人」だと認識してしまうような。(ときが、なんだか多い)。
日本にある“あたりまえ”を、どこの国でも探そうとする。
もともとそこにある形を無理やりに変えて、じぶんの形に無理やり当てはめようとする。
日本の外にいるとき、その国の人にとっては自分が「外国人」であるということを、忘れたくないなぁと、おもう。
自分の「あたりまえ」を探すより、知ろうとする気持ちが大事。
うちの会社のベトナム人スタッフは、社長のことが大好きだ。みんなが口を揃えて、「社長がいるから会社が好き」と、言う。オフィスではいつもわたしのお母さんのように優しいハーさんが、前にこんなことを話してくれた。
「日本人からしたら、ベトナム人は嘘をついたり、時間を守らなかったり、うんざりすることばかりでしょう?ベトナムを嫌いな人も、多いでしょう?でも、社長は違うのよね。社長が他の日本人と違うのは、ベトナムを好きになってくれるところ。知ろうとしてくれるところ。だから一緒に頑張りたいと思うのよね。」
海外で、信用されてうまく仕事をするコツは、その国を好きになること。その国を知ろうとすることだと、社長から学んだ。同じ視点で生きてみると、見えるものがいっぱいあると、改めて感じる。
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わたしがハノイに着いたのは冬だった。空気がどんよりとしていて、なんだか世界が灰色に見えた。
バイクだらけの道を横切るのも精一杯。ベトナム語しか通じないお店でばかりで、ご飯を食べることができず、お腹が空いても食べるのを我慢していた時もあったくらい。
出会う人の多くが、あまりハノイのことを好きじゃないと言っていた。天気が悪い日が続くから、気持ちが沈んでしまう人が多いと聞いたことがあった。
1年半経って、好きだったハノイがいつのまにか大好きになっている。ハノイは住みやすいですよ、いいところですよ、と会う人に自然に言う自分がいる。
もちろんハノイはお洒落なお店が増えて、若い日本人も増えて、住みやすくなってきているというのもある。でもいちばん変わったのは自分自身かも、と思ったりもする。
今では社長が一緒じゃなくても、好んでローカルのお店でご飯を食べるようになった。オフィスの前にあるバインミー屋さんのおばさんは、もうわたしの顔を見ただけで何を注文するかわかっているくらいだ。
心の持ちようで、住む世界は何色にでもなる。
今、わたしの中のハノイは、黄金色!(絶妙)