大好きだったバイト先、塚田農場狛江駅前店が閉店した話。
日本に帰ってきてから、大切なイベントごとにちゃんと参加できるようになった。友人の結婚式、愛しの甥っ子たちの誕生日会。
「ベトナムにいるから、行けないや」が通じなくなって、ひとつひとつに向き合うようになった。
こないだ、家族会議に参加しに、週末にちょこっと東京から地元へ帰った。
「本当に帰ってくるとは思わなかった、日本にいるんだね」と、母が言った。ベトナムと日本だって別に遠いとは思っていなかったけれど、それと比べたらと東京と福島なんてもう近所だし、日本国内ならどこへでもフットワーク軽く行きたいと、思う。
そして昨日は、大好きな大学時代のバイト先、塚田農場狛江駅前店が閉店する日だった。確か2周年記念のときはベトナムにいて行けなかったので、最後は絶対行こうと思っていた。大学時代に慣れ親しんだ小田急線に乗って、懐かしくもちょっと寂しい気持ちになりながら、1時間半かけて久しぶりの狛江に向かった。
狛江駅に着くと、駅がちょっと変わってて、でも懐かしくてウキウキしながら改札を駆け抜けた。毎日のようにバイトで通っていたお店の前には、勢いよく書かれた「本日、最終日」の貼り紙。
オープニングメンバーで久しぶりに集まって、思い出話をして、うる覚えのメニューを注文する。
「今いるメンバーは俺が採用したメンバーだな〜」なんて、酔っ払った元店長が陽気に話す。「採用して正解でしたね」と、笑って返す。
思い出話をするのは好きだ。大切だった過去に戻ったような気持ちになって、楽しい。今だからできる話だってある。だけど。同時に寂しくなる。どんなに大笑いして、手を叩いても、その当時の楽しさは、やっぱり超えられないのだ。
思い出話しだけでこんなに楽しい当時に、実際にいた頃の自分は、もうどれだけ楽しかったのだろう。
わたしは、塚田農場で働いていた時、お手洗いに設置してあるお客様からの感想ノートをみるのが大好きで、毎日の営業後に読んでいた。
自分が褒められていたら嬉しいけど、バイトリーダーをしていたわたしは、お店のことを褒められるのが1番嬉しかった。誰かがノートの中で褒められているのを見ると、真っ先にその子に知らせに走った。
“◯◯さんの接客、すてきです。”
“ここにいるだけで、楽しくなります。”
“今時の若者も、悪くないな〜。”
酔っ払いのお客さんからしみじみと書かれる熱い言葉。小さい子からのヘンテコな絵に添えられた「だいスキ」。全部が嬉しくて「これはあの卓に座っていたお客さんかな〜?」と、想像しながら、ニヤニヤして読む。
「お客様の姿が、見えなくなるまで必ず見送るんだよ」
本当に心を込めた接客ができていたら、最後に必ず振り向いて、もう一度手を振ってくれるよ。
「最後にお客様に出すプレートは、その日のあなた自身の評価」
お客さんへの一言をデザートに添えて最後に出すプレート。どのテーブルにも出せてしまうプレートでは、意味がない。お客さんとちゃんと向き合ってコミュニケーションをとって、他のテーブルに出したら意味がまったくわからないプレートを描くこと。それが、お客様に対してオンリーワンの接客ができたってことだよ。
わたしはプレートをお客さんに出す瞬間が、大好きだった。お客さんの顔が、パァっと、笑顔に変わる。そういう”人がプラスに変わる瞬間”が好き。それは今でも変わらない。社会人になっても、日常の中のそういう瞬間を大切にしたいと思う。
「ねぇ、きみ、1年前くらいに僕の接客してくれたこと、覚えてる?最初のときよりも、いい笑顔してるね」
わたしがアルバイト最後の日に、担当したお客さんに言われた言葉。まだ仕事をはじめたばかりのときに、接客をした人だ。覚えていた。わたしが最後の日に、たまたまもう一度、接客をした。
「実は今日で最後なんです」って言うと寂しくなったけど、最後まで、いろんな話をした。
ここで働いたことで、図々しくも、わたしはたくさんの人の幸せを作れたと胸を張って言える。バイト着を着ると、セーラームーンになった並みに強くなれた。(気がした)
楽しかったなあ、楽しかった。
あそこは人を喜ばせる人が好きな人の集まりだったなぁと、改めて思ったのでした。いい空間だった。
店長、あのとき採用してくれてありがとうございました。「一緒に働きたいなぁと思いまして」の電話が来た時のことをまだ、覚えてる。
ああ、ただの日記になってしまった。けど、残したかったのです。楽しかったのです。日本にいるのもいいな、会いたい人にすぐ会える距離にいるって、嬉しいな。そう、思った夜だったのです。
お客さんからもらったお手紙を、見つけてジーンとしている祝日の昼間なのでした。
ぜんぶぜんぶ、とってあるよ。