Novelber 11th—愛憎甘辛ねこ暮らし

 この子はしぐれ。冬の雨の日に拾った。
 それだけ言うととても風雅な名前に聞こえるけれど、さにあらず。

 濡れそぼった体に大きな目でこちらを見上げてにゃあにゃあ鳴くものだからついほだされてしまった。
 洗ってやっているうちからいやな予感はしていた。
 お湯を避けようと身をよじり、いっちょまえに威嚇の声をあげる。爪と牙が小さくて細いぶん、痛い。そのうえ石鹸がしみる。

 新しく買った家具や家電は店で見たときより大きく見える、というのはよくあることだけれど、猫も同じなんだろうか。
 ドライヤーで乾かしてやると、ぼわっとふくらんだ。

 こころないしうちをうけた……と言いたげな顔で呆然としているように見えた次の瞬間、手のひらサイズの毛玉はいきなりロケットスタートをかまし、壁に頭をぶつけた。
 助けに行く間もなく、子猫はパニックを起こして右へ左へ後ろへところんころん転がり、またダッシュする。
 上れそうなものには上る。
 ぶつかる余地のあるものにはぶつかる。
 足の届くものはことごとく踏む。

 子猫は私が「食料庫」と呼んでいる、保存のきく食べ物が詰まったダンボール箱に飛びこみ、ばたんばたんと暴れる。
 変なものを食べないかとさすがに焦って駆けつけた。
 包装紙が破れる音。なにと戦っているのか聞きたくなるような鳴き声。

 箱のなかでも一悶着あり、ようやく子猫を拾いあげると、細かな粒がぽろぽろと落ちた。
 猫を片手に確保したまま食料庫をのぞく。
 ビリビリになった、なんだかお高そうな和紙の外装。その内側のビニールの裂け目からは中身がこぼれ出している。
 炊きたてご飯と食べようと思っていた、いただきものの牛肉しぐれ煮。
 白ご飯にたっぷりかけて、卵の黄身を落として贅沢しようと思っていた、牛肉しぐれ煮。

 この瞬間、食べ物の恨みとともに、拾われ猫の名前は決まった。

 あの日から十年が経った今でも忘れないように呼んでやる。
「しぐれー」
 返事はない。ストーブのほうへ目をやると、腹を見せて寝転がるしぐれが、ずいぶんとふてぶてしくなった尻尾をちょい、と揺らした。

Novelber 11 お題「時雨」

※お題は綺想編纂館(朧)さま主催の「Novelber」によります。

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