Novelber 24th—獣脂蝋燭は焼肉みたいな匂いだった。

 角煮を作ろう。
 そう思って豚バラブロックをフライパンで焼いたところ、際限なく油がしみ出してきた。
 豚肉は程よく焦げ目がついて表面も固まり、なみなみと油がのこった。
 始末に困った私は考えた。
 そうだ、獣脂蝋燭を作ろう。

 中世ヨーロッパを舞台にしたファンタジー小説ではよく登場する獣脂蝋燭。
 高級品の蜜蝋と対比して語られる、粗末な品。燃やすといやなにおいが立ち込めるとは聞くものの、調べても調べても「臭い」としか情報が出てこないあの謎のアイテム。
 嗅覚というのは保存も再現もできないから、実際に作って嗅いでみるほかない。
 私も小説書きとして、獣脂蝋燭の何たるかを知っておいてもいいだろう。

 作り方は大きく二種類。
 一つめ。細長い型に芯糸をさして、溶かした獣脂を流し込む。冷やし固めて型から外す。
 二つめ。芯糸を溶かした獣脂に浸し、引き上げる。芯糸のまわりに獣脂がちょっと付いて、固まる。また芯糸を獣脂に浸して引き上げる。ちょっと付いた獣脂が固まる。延々と繰り返す。
 一つめの方法をとることにした。初めての獣脂蝋燭づくりだから工程はシンプルなほうがよさそうだと思ったから。
 二つめの方法は『大草原の小さな家』でもやっていたから憧れもあったけれど。

 さて、試験管のような細長い型があれば理想的だったけども、一般家庭に試験管はたぶんそうそうない。
 アルミホイルで筒を作った。
 割り箸かなにかのまわりにアルミホイルを巻きつけて、隙間ができないようにまた別のアルミホイルでぐるりと覆って。
 いつの間にか冷え固まっていた獣脂を弱火で溶かして、流し込む。
 不思議なことに漏れる。
 アルミホイルに加えてサランラップを動員し、ようやく落ち着いた。
 二十世紀の発明はすごい。

 冬場だし、あとは室温で放っておけばできるだろう。
 そう思ったものの、にちゃにちゃするばかりでそれ以上固まらない。
 業を煮やして冷凍庫に放り込んでみても、触るとへこむ。
 そうっとラップとアルミを剥ぐ。
 ひとまず形は保っているので、完成したことにする。

 まずは大きな平皿に水を張る。
 次に、その中央に小皿を伏せて置き、獣脂蝋燭をそこに立てる。柔らかいおかげで、えいっと押しつけるとくっつく。
 マッチを擦って点火する。炎上しないかという不安と、作り方があっているのかという不安と、悪名高いにおいへの不安と、少しの期待を込めて。

 豚の角煮の副産物は、意外にもあっさりと普通の蝋燭らしく燃えた。
 ちゃんとじわじわと燃えている。明るい。熱い。
 指の先くらいの大きさで、十分弱もった。

 さて、肝心の匂いは、一言で表すと「焼肉の後」だった。
 考えてみれば、豚の脂を燃やしているのだからそれはそうだ。
 むしろおいしそうな匂いとさえ言える。

 ただ、これは現代日本の、きれいに育てられて処理された新鮮なお肉から取った、まだまだ炒めものにも揚げものにも使える新しい脂で作った獣脂蝋燭で、それもこの小さな一本しか燃やしていないからこそだろう。
 部屋を照らせるくらいに灯すとか、一晩中燃し続けるとか、お腹がいっぱいの時とか、体調が悪い時とかであれば、きっと胸焼けする。
 しかも昔なら、肉も脂も蝋燭も常温放置だったろうし、そもそも豚肉がもっとケモノっぽかっただろうし。
 当時の獣脂蝋燭は、灯すと酸化した油のツンとしたにおいが立ち込めたんだろう。石造りの家なら換気もしにくくて家の中が淀んでいただろうとも、想像に難くない。

 次に作るときには、しっかり脂を漉して不純物を取り除き、『大草原の小さな家』に出てきたやり方を試してみよう。

 最後に。これは "Novelber" の一作品ではあるものの、実際の出来事を書いている。
 四年前のクリスマスイブに手づくりの蝋燭を灯していた私は、見ようによってはロマンチックだったかもしれない。

Novelber 24 お題「蝋燭」

※お題は綺想編纂館(朧)さま主催の「Novelber」によります。


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