Novelber 15th—人の子

 沙絵は神社に行くと熱を出す子だった。
 伏せる床では、必ず牛の夢を見ていたらしい。
 熱が下がってからも、半日は布団に横たわっていた。天井を見上げるその瞳は年相応に黒く潤んでいると同時に、どこか老成した、達観した色を浮かべていた。

 三歳の頃、七五三のお詣りの帰り道に、あの子は言った。
「ママ、おだいりさまいたね」
「そうだね、シャンシャンってしてくれたね」
 祈祷を授けてくれた神主のことだろうと思ってそう返事をした。
「ちがうよ。おえかきだよ」
「お絵かき?」
「おえかきなんだよ」
 そうなんだね、とかそんな答えを返した気がする。あまり深く考えはしなかった。
 帰宅してから、やはり沙絵は寝込んだ。快復した沙絵は、ひらがなとカタカナ、それに簡単な漢字をすらすらと読むようになっていた。

 熱を出すことになるにもかかわらず沙絵は神社が好きだった。
 手水の使い方もお詣りの仕方も、いつのまにか私より詳しくなっていた。
 黒いクレヨンで描いた「おえかき」は草書体の文章に似た形をしていた。

 七つまでは神のうち。
 そんな言葉を思い出したのはいつだっただろう。
 沙絵はまだ人になりきってはいないのだ。

「さえちゃん。さえちゃんはパパとママのことが好きだよね。ずっといっしょにいてくれるよね」
「うん、ママ」
 抱きついてくる沙絵の体は熱い。
 神様。神様。この子を連れて行かせはしない。

 神社のことを除けば、沙絵は大きな怪我や病気もなくすくすくと育ち、あっという間に真新しいランドセルを背負うようになった。
「なんでじゅぎょうちゅうにお絵かきしたらだめなの? さえ、もうぜんぶわかってるのに」
 ある夕食の席での問いかけに、頭を悩ませる。
「授業で習うことを、まだ知らない子もいるからね。パパとママは、さえが授業の内容をわかってるって知ってるけど、先生やお友だちは知らないんだよ。それで、さえちゃんだけ遊んでてずるいって思われたらいやだろう?」
 夫が代わりに答えた。意外にも沙絵は素直にうなずいた。
「ずるいって思われたらサセンされちゃうんでしょ? さえ、サセンされないようにする」
「どこでそんな言葉覚えてきたのかな、この子は」
「道真公はね、サセンされたんだよ」
 大真面目に教えてくれる沙絵に、私たち夫婦は苦笑するしかなかった。

 そんな沙絵にも、ふたたび七五三のお祝いが近づいてきた。
 七つまでは神のうち。
 その言葉がいっそう重い。
 七五三さえ無事に越せれば、沙絵はこちら側、人の世で生きていける。
 祈りのように自分に言い聞かせた。

「さえちゃん、今度の七五三だけど、写真を撮りに行くだけでもいいかな?」
 あえて軽い調子で尋ねてみた。
「やだー! お詣りする! 絶対行く!」
 ここ最近なかった爆発のあと、沙絵は子供部屋に立て籠もってしまった。

 お姫様といえばかぐや姫という沙絵にとっての神社での七五三は、白雪姫やシンデレラに憧れる女の子にとっての「ドレスを着てお城で舞踏会」にも等しいイベントに違いない。
 私の根拠のない不安を押し通し続けるわけにもいかず、参拝の日時は決まってしまった。

 神様。神様。どうぞこの子を、人の子にしてください。

Novelber 15 お題「七五三」

※お題は綺想編纂館(朧)さま主催の「Novelber」によります。


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